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美術館訪問記 -771 サンタレッサンドロ教会、Brescia

(* 長野一隆氏メールより。写真画像クリックで原寸表示されます。)

添付1:サンタレッサンドロ教会正面

添付2:サンタレッサンドロ教会内部

添付3:ヤコポ・ベッリーニ作
「受胎告知」
写真:Creative Commons

添付4:ヤコポ・ベッリーニ作
「素描集中の1点」
ルーヴル美術館蔵

添付5:シモーネ・マルティーニ作
「受胎告知」
ウフィツィ美術館蔵

添付6:同上拡大部分図

前回のサンタンジェラ・メリチ教会から西に150m余りの場所にあるのが 「サンタレッサンドロ教会」。聖アレッサンドロを祀る教会です。

5世紀に起源を持つこの教会はその後何度も造り直され、 最後は第二次世界大戦の爆撃後再建されています。

その時二つあったクロイスター(回廊)は 近代的なコンドミニアムと化けて教会と隣接していました。

ファサードはギリシャ神殿風の4本柱を持ち、内部はシンプルな一身廊。 白色の天井と壁にピンクの大理石の柱が映えています。

両側の壁に祭壇画が並んでいますが、右壁の第1礼拝堂に ヤコポ・ベッリーニの最高傑作と言える「受胎告知」、1444年作がありました。

ヤコポ・ベッリーニは何度か名前を出しましたが、まだ説明していませんでした。

彼は1400年頃ヴェネツィアで生まれ、ジェンティーレ・ダ・ファブリアーノの下で 修業。1423年にはフィレンツェにいて、ドナテッロやブルネレスキ、マザッチョ などと交わり、フィレンツェ・ルネサンスの息吹きを全身に浴びています。

翌年ヴェネツィアに戻り、工房を開き、活発に活動を続け、 1450年以降は息子のジェンティーレやジョヴァンニも加わり、 ヴェネティア派の祖としての地位を確立しています。

娘のニコロシアはパドヴァ派の雄、アンドレア・マンテーニャに嫁いでいます。 1470年、平均寿命30歳そこそこだったこの時代では記録的な長寿で没。

ヤコポ・ベッリーニは2冊の重要な素描集を残しており、これらは ベッリーニ工房の貴重なデザイン源となっていました。現在、1冊はパリの ルーヴル美術館に、もう1冊はロンドンの大英博物館に納められています。

ここにある「受胎告知」は国際ゴシックからルネサンス様式に変わる時期の物で、 金地のアラブ模様の縁取りに金色の衣装を着た大天使ガブリエルと聖母マリアが 描かれ、後ろの壁のタペストリーや二人の光輪、聖霊を意味する鳩から始まる 光線等にもふんだんに金糸が使用されているのに加え、 マリアの生涯から5つのトピックを抽出したプレデッラを持つ豪華版。

登場人物たちの黄金の衣装、エレガントながら静的なポーズ、尖ったアーチを 備えた豪華なフレームは、典型的なゴシック様式ですが、 天井や左右の壁、床の描写には透視図法が使われており、 二人の顔の立体的な描写や人体表現にはルネサンス様式が窺えます。

大天使ガブリエルの口から”Ave gratia plena”(ラテン語で「おめでとう、 恵まれた方」)という言葉が発せられており、面白い事に 聖母マリアが聞いている通りに文字は右から左に通常とは逆順に描かれてています。

このような吹き出し文字を使ったのは恐らくシモーネ・マルティーニの1333年作 「受胎告知」が最初でしょうが、この場合は文字は左から右へ “Ave gratia plena dominus tecum”「おめでとう、恵まれた方。主があなたと 共におられます」と通常の欧文スタイルで左から右へ描かれています。