次の町はブレシア。ミラノの東80㎞程にある人口20万人足らずの古代ローマ以前 からあった古都です。ここにあるのが「トジオ・マルティネンゴ絵画館」。
1500年代に立てられたマルティネンゴ・ダ・バルコ宮殿の中にある美術館です。 ここは照明が実に巧みで、展示されている絵画がどれもよく映え、観やすい。 世界中の美術館がお手本にしてほしい美術館です。
ここの最大の目玉は入って直ぐにあるラファエロの名画「救世主キリストの祝福」と 「天使」。いずれも20歳前後の若描きの作品ですが、甘美な哀愁を湛え、素晴しい。
ラファエロは16歳で両親亡きウルビーノを去って、画家だった父親が 「神のごとき画家」と称えたペルジーノのいるペルージャへ行きペルジーノの 工房で20歳頃まで働き、21歳になる1504年にはフィレンツェに移り住みます。
ここにある2点は甘美な作風のペルジーノの影響下にあるのが顕著ですが その表情に漂う優雅な艶っぽさには、もうすでにラファエロらしさが滲み出ている と言えます。この天使像は、記録に残っているラファエロの最初の注文作品、 1501年9月完成の「バロンチの祭壇画」の一部と考えられています。
この祭壇画は、ラファエロの故郷のウルビーノ近郊の小都市チッタディカステッロ の聖アゴスティーノ教会にあったのですが、1789年の地震によって深刻なダメージ を受け、現在ではこの天使像を含め4点の断片が別々の美術館に所蔵されています。
ブレシアで生没した、15世紀ロンバルディア派を代表する画家、 ヴィンチェンツォ・フォッパの「商人たちの祭壇画」も優雅な作品です。
フォッパは当初は国際ゴシック様式を示しながらも、ヴェネツィア派の始祖 ヤコポ・ベッリーニやパドヴァ派の代表的な画家マンテーニャの影響を受け、 遠近法と現実の観察に基づく光彩表現を用い、 優美性と現実性を併せ持つ独自の様式を確立した画家です。
ブレシアで画家の家に生まれ、絵画の手ほどきを受けた父親の死亡後は フォッパの弟子だったこともある、16世紀に活躍したブレシア派のリーダー、 モレットの作品は8点、展示されていました。
モレットは本名アレッサンドロ・ボンヴィチーノ。ボンヴィチーノ家の人々は モレット(イタリア語でムーア人)という仇名で呼ばれたようです。 主に教会の祭壇画を描いた画家で、「栄光の聖母子と聖人たち」を添付しましょう。
ベルガモのサンタ・マリア・マッジョーレ教会でモレットと祭壇画を共作した、 ロレンツォ・ロットの、彼らしい独創的な構図の「羊飼いたちの礼拝」もあります。 後方の天使たちの翼が屹立している様は独特でしょう。
西洋美術史上最初の、本格的な女流画家として有名な ソフォニスバ・アングイッソーラの珍しい聖職者の肖像画がありました。
フランス人ながら1619年から1626年の間はローマで働き、 カラヴァッジョの影響を強く受け、バロック絵画をフランスに伝えた ニコラ・トゥルニエ(1590-1639)の「フルート奏者」も印象に残る作品です。
中庭にある別棟にアルブレヒト・デューラーの版画122点が展示されていました。 彼の主要作品は全て網羅されているようです。