前回のサンタ・マリア・デイ・セルヴィ教会から西に500mも行くとあるのが 「ぺポリ・カンポグランデ宮美術館」。ボローニャ国立絵画館の分館です。
この宮殿は1653年に建設が始まり、17世紀末に完成しています。天井は優雅な フレスコ画で飾られ、16世紀後半以降の絵画が90点展示されていました。
展示作品にはタグがなく、部屋毎に配置図と対応した 作者、タイトル、サイズを書いた一覧表が置いてあるのみでした。
天井のフレスコ画ではドメニコ・マリア・カヌーティの 「オリンポスに迎えられるヘラクレス」を添付しましょう。
ギリシャ神話の主神ゼウスと人間の女性アルクメーネーの子供で、 ギリシア神話に登場する多くの半神半人の英雄の中でも最大、最強の ヘラクレスは、ゼウスの妻ヘラの嫉妬から偉大な王になりそこねたものの、 幾多の試練を乗り越えた後、巨人族を征服して神々を救い、死後、 神として神の国オリンポスに迎えられる状況を描いたものです。
ドメニコ・マリア・カヌーティは1625年ボローニャの生まれで グイド・レーニの弟子になりますが、レーニが早々に死亡したため グエルチーノの弟子となり、フレスコ画の名手としてローマで活躍します。
1670年代にボローニャに戻り、幾つかのフレスコ画を手掛けた後1684年死去。
西洋美術史上最初の、本格的な女流画家として有名な ソフォニスバ・アングイッソーラの作品もありました。 彼女の作品を所持する美術館は少なく、ルーヴルやメトロポリタンにもないのです。
彼女は1532年北イタリアの貴族の生まれで、幼少の頃から絵を学び、 22歳の時にローマに旅行。当時ローマにいたミケランジェロが、 彼女の画才を認め、2年間彼女の師を務めました。
ミケランジェロの弟子で、イタリア史上初の芸術家の伝記となった 「芸術家列伝」を表した、ヴァザーリも彼女の才能を褒め称えています。
アングイッソーラはフェリペ2世の招聘に従い、その後スペイン宮廷で、 王女付きの宮廷画家となり、フェリペ2世の介添えでスペイン貴族と結婚します。 2人は宮廷を退き、当時スペインの支配下にあった イタリア、パレルモに居を構えますが、夫は1年後に死亡。
傷心の彼女は船で実家の北イタリアに戻る途中、乗った船の若い船長に熱烈に 求婚され、翌年結婚。時に彼女48歳。余程魅力的な女性だったようです。
フェリペ2世からの寛大な年金と裕福な夫に支えられ、 彼女は生涯絵を描き続け、93歳で大往生。当時としては記録的な年齢でした。
女性が画家になる事等考えられなかった当時、 その道を切り開いた彼女の偉大さは尊敬に値します。
前回もあった「聖カタリナの神秘な結婚」を主題にした ジャコモ・フランチャの「聖カタリナの神秘な結婚と四聖人」もありました。