戻る

美術館訪問記 -758 ベットーナ市立絵画館、Bettona

(* 長野一隆氏メールより。写真画像クリックで原寸表示されます。)

添付1:ベットーナ市立絵画館正面

添付2:ベットーナ市立絵画館内部

添付3:ペルジーノ作
「慈悲の聖母」

添付4:ペルジーノ作
「マグダラのマリア」
ウフィッツィ美術館蔵

添付5:リベーラ作
「聖ペテロ」

添付6:カヴール広場

次の町はベットーナ。ペルージャの南東13㎞足らずの場所にある 人口4,200人余りのイタリアで最も美しい村の一つに含まれる小規模自治体です。

この街の中心、カヴール広場に面し、1371年に建設された 3階建てのポデスタ宮殿内にあるのが「ベットーナ市立絵画館」。

こぢんまりとした美術館ですがペルジーノの佳品がありました。

ペルジーノは、本名ピエトロ・ヴァンヌッチ。 ペルジーノは「ペルージャの人」という意味で、その名の通りイタリア、 ペルージャ近郊に1450年頃生まれ、1523年ペルージャ近郊で没しています。

かのレオナルド・ダ・ヴィンチ(1452-1519)とほぼ同時代の画家です。

ペルージャは、イタリア、ウンブリア地方の中心都市で ローマとフィレンツェの中間に位置します。

ペルジーノはペルージャの画家の工房で手ほどきを受けた後、 レオナルドと同じフィレンツェのヴェロッキオ工房で修業し、 ラファエロの父に「神のごとき画家」とまで言わしめた、確かな技量を身に着けて ペルージャに戻り、親方として工房を構え活躍します。

この工房からラファエロやピントゥリッキオ等が輩出するのです。

ペルジーノの作品は、一目でそれと知れる、甘美な優雅さを湛えており、 ウフィッツィ美術館の「マグダラのマリア」など、惚れ惚れと見とれてしまいます。

28歳の若さで、ローマ教皇シクトゥス4世の招聘で、ヴァティカンへ行き、 その後のシスティーナ礼拝堂の絵画装飾の中心的役割を果たしています。

同時に招かれているのが、ボッティチェッリやギルランダイオですから、 ペルジーノが当時いかに高く評価されていたかが判るでしょう。

ここにあるペルジーノの「慈悲の聖母」は、 元々はベットーナにある聖アントニオ教会にあったのですが、 1987年盗難にあい、ジャマイカまで行方を辿って取り戻され、 その後安全性の高いこの美術館で展示されているのです。

リベーラの「聖ペテロ」もありました。

彼はホセ・デ・リベーラとしてスペイン、バレンシア近郊に1591年生誕。 早くからイタリアに渡り、カラヴァッジョ派の作風に強い影響を受けます。

10代以降死ぬまでイタリアで過ごしており、イタリア名はジュゼッペ・リベーラ。 イタリア人は「ロ・スパニョレット」(小さなスペイン人)と呼びました。 イタリアの美術館ではよくこの仇名で表示されています。

1616年には当時スペイン領であったナポリに移住し、歴代のスペイン人副王による 庇護を受け、ナポリ派の始祖として活躍しました。

初期のカラヴァッジョ色の濃い、強烈な光彩による厳しい明暗法を主体とした 写実的描写から、安定した構図、明快な色彩、静謐な抒情性や高貴さを表現する 画風を作り上げ、ナポリだけでなく本国スペインにも多大な影響を与えています。

またナポリに大規模な工房を持ち、ルカ・ジョルダーノなど 17世紀後半を代表する画家らを弟子に抱えていました。1652年ナポリで没。 彼の作品は世界中の美術館や教会でよくみかけます。

外に出るといかにもイタリアの古都らしい景色がありました。