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美術館訪問記 -753 ナシャー美術館、Durham

(* 長野一隆氏メールより。写真画像クリックで原寸表示されます。)

添付1:ナシャー美術館

添付2:ヒュー・マングム作
「集合写真」

添付3:フランソワ・ジェラール作
「イーピゲネイアが生贄にされるという知らせを受け取るクリュタイムネストラ」

添付4:ジャック=ルイ・ダヴィッド作
「ホラティウス兄弟の誓い」
ルーヴル美術館蔵

添付6:ヨルダーンス作
「洗礼者ヨハネ」
コロンバス美術館蔵

添付8:ナシャー美術館内部

次の都市はダーラム。首都ワシントンD.C.の南西370㎞ほどの場所にあり、 ノースカロライナ州に属する人口30万人足らずの大学町です。

そのデューク大学付属の美術館が「ナシャー美術館」。

3,500ヘクタール(約1,060万坪)という広大な大学の敷地の半分は森のような公園。 その一角にある駐車場に車を停め、樹々の間の小径を登ると美術館の入口。

入ると直ぐ時代物の集合写真が展示されていました。 作者はヒュー・マングムという1877年生まれの巡回肖像写真家で、 煙草産業や繊維産業で栄えていた20世紀初頭のダーラムを拠点としていました。

次に目に入ったのが新古典主義のジャック=ルイ・ダヴィッド風の歴史画。 堂々たる傑作ですが、これが何と17歳のフランソワ・ジェラールの 今に残る初作というのですから驚きです。

ジェラールはローマ教皇庁駐在フランス大使ベルニ枢機卿の執事を父として 1770年ローマで誕生。1782年フランスへ帰国。1785年にサロンへ出品された ジャック=ルイ・ダヴィッドの「ホラティウス兄弟の誓い」を見て感銘、 翌1786年にダヴィッドの下に弟子入りします。

その翌年描いたのが前述の絵となる訳で、僅か1年で私が師の作品と見紛う様な 技量を自家薬籠中のものとしているのですから天才と言えるでしょう。

その才能にも拘らず、1790年父親の死により、家族全員の責任を負うことになり、 生活のために画業に集中することが困難な時期が続きます。

ついに1799年彼の描いたナポレオンの母親の肖像画が決定打となり、 当代一流の肖像画家の評価を得て、ナポレオン一家や貴族の肖像画の注文が 相次ぐ時代の寵児となり、フランスだけでなく ヨーロッパ各国の貴顕が彼のアトリエに連日顔を出す状況に至るのでした。

1809年には時の皇帝ナポレオンから男爵を授けられ、公式名称は バロン・ジェラールとなります。美術館によってはフランソワ・ジェラールと 表記したりバロン・ジェラールと表記したりしているので注意が必要です。

彼は師のダヴィッドとは異なり、帝政崩壊後もその地位を脅かされることなく 諸外国の君主などからの注文を受け続けて1837年、パリで死去。

「イーピゲネイアが生贄にされるという知らせを受け取るクリュタイムネストラ」 はギリシャ神話トロイア戦争中の話で、女神アルテミスの怒りを買い、嵐のため 出航出来ないギリシャ軍は、怒りを解くため、ギリシャ方の王アガメムノンの娘 イーピゲネイアを 生贄として女神に捧げなければならなくなります。

オデュッセウスの入れ知恵で、 アガメムノンはイーピゲネイアとアキレウスを結婚させると、 イーピゲネイアの母親クリュタイムネストをたばかり、二人を呼び出すのです。

喜びに胸を膨らませて父の元に向かったイーピゲネイアを待っていたのは、 兵団のためにわが身を犠牲にしろという恐ろしい父の言葉でした。

悲嘆に暮れ、並み居る勇者たちに娘の助命を願い出るクリュタイムネストに対し、 イーピゲネイアは王女の務めとしてわが身を捨て国のために生贄となるのでした。

イーピゲネイアの気高い振る舞いに同情したアルテミスが怒りを和らげ、 最後の瞬間、彼女を雌鹿とすり替え自分の巫女として連れ去ったとも言われます。

クリュタイムネストは夫がトロイア戦争に参戦していた10年の間に情夫となった 前夫の従兄弟アイギストスと共謀、凱旋の夜にアガメムノンとその妾を殺害します。

アメリカ絵画では、今やアメリカの美術館で彼の絵のない所は少ないまでになった ケヒンデ・ワイリーの「洗礼者ヨハネ 2」がありました。

ワイリーは1977 年、ロサンゼルス生まれの黒人画家で、人種、アイデンティティ、 権力といったテーマを盛り込み、オールドマスター作品を 大胆に再解釈した作品で知られる、影響力のある肖像画家です。

ワイリーは1999年にサンフランシスコ美術大学で美術学士号、 2001年にイェール大学で美術学修士号を取得しています。

イェール大学在学中、ワイリーは古典的なヨーロッパの肖像画に対する 深い理解を培い、後にそれを自身のビジョンと組み合わせ、 伝統的に貴族のみが持つ力強く威厳のあるポーズで黒人の人物を描写します。

ワイリーの肖像画には、ほぼ常に基になるオールドマスター作品があり、 どこの美術館でも参照作品の写真を並置して展示しています。

ここにある作品の基はヨルダーンス作の「洗礼者ヨハネ」で、 この美術館ではワイリーの絵の左横下にその写真が展示してありました。

ワイリーの芸術的評価は、2017年にスミソニアン国立肖像画美術館が バラク・オバマ前大統領の公式肖像画の制作を依頼したことで確定しました。 青々と茂った象徴的な葉に囲まれて座るオバマ大統領を描いたこの肖像画は、 現代美術史におけるワイリーの地位をさらに確固たるものにしたのです。

私は2019年5月にもワシントンにある国立肖像画美術館を訪れましたが、 この肖像画の前には常に人だかりがしていました。



(添付5:ケヒンデ・ワイリー作「洗礼者ヨハネ 2」およぴ添付7:ケヒンデ・ワイリー作「バラク・オバマ第44代大統領」スミソニアン国立肖像画美術館蔵は著作権上の理由により割愛しました。
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