次の都市はコーラル・ゲーブルズ。フロリダ州マイアミの南西10㎞に位置し、 マイアミ都市圏に含まれ、マイアミ大学がある人口5万人足らずの学園都市です。
そのマイアミ大学の付属美術館が「ロウ美術館」。 1950年開館で、南フロリダでは最初の美術館でした。
開館当初は慈善家のジョーとエミリー・ロウ夫妻の寄贈品のみだったのですが 1961年、サミュエル・クレス・コレクションから43点の名画の寄贈で 一躍重要美術館の仲間入りをします。
サミュエル・クレス (1863-1955)は17歳で教師の資格を取り、 教師となって稼いだ金で、24歳の時に文具店を開きます。 この利益を基に、33歳で、100円ショップのような店を、クレス商会として開き、 当時大都市に集中していた他店と異なり、発展性のある小都市に展開したのです。
これらが大当たりで、特徴あるクレス商会の建物は、 各地のランドマークとなっていきました。クレスは生涯独身で、子供はいません。
1920年代にメトロポリタン美術館前のペントハウスに移り住んだ彼は、 頻繁に同美術館に通い、多大な貢献をすると同時に、自身でも、 主としてイタリア・ルネサンスからバロック絵画までの作品を収集しました。
当時、これらの絵画・彫刻は時代遅れと見做されており、価格も安く、 彼は容易に収集品を拡大できたのです。彼は生きている間に自分のコレクションを、 富の源泉となった小都市に寄贈することにし、90以上の団体に寄贈しました。 多くの団体は、この寄贈作品を基に、美術館を開館したのです。
サミュエル・クレス・コレクションからの寄贈が誘い水になったかのように その後も寄贈品や購入品は増え続け現在は2万点近くになっているとか。
美術館に入って驚いたのは西洋美術史上最初の、本格的な女流画家として有名な ソフォニスバ・アングイッソーラの傑作があったことでした。 彼女の作品を所持する美術館は少なく、ルーヴルやメトロポリタンにもないのです。
彼女は1532年北イタリアの貴族の生まれで、幼少の頃から絵を学び、 22歳の時にローマに旅行。当時ローマにいたミケランジェロが、 彼女の画才を認め、2年間彼女の師を務めました。
ミケランジェロの弟子で、イタリア史上初の芸術家の伝記となった 「芸術家列伝」を表した、ヴァザーリも彼女の才能を褒め称えています。
アングイッソーラはフェリペ2世の招聘に従い、その後スペイン宮廷で、 王女付きの宮廷画家となり、フェリペ2世の介添えでスペイン貴族と結婚します。 2人は宮廷を退き、当時スペインの支配下にあった イタリア、パレルモに居を構えますが、夫は1年後に死亡。
傷心の彼女は船で実家の北イタリアに戻る途中、乗った船の若い船長に熱烈に 求婚され、翌年結婚。時に彼女48歳。余程魅力的な女性だったようです。
フェリペ2世からの寛大な年金と裕福な夫に支えられ、 彼女は生涯絵を描き続け、93歳で大往生。当時としては記録的な年齢でした。
女性が画家になる事等考えられなかった当時、 その道を切り開いた彼女の偉大さは尊敬に値します。
1406年シエナの生まれで、シエナで大工房を構えて作品を量産した サーノ・ディ・ピエトロの「聖母子と諸聖人」や 1481年フェラーラ生まれ、ローマで数年過ごした後フェラーラで活躍した ガロファロの「栄光の聖母子」も息を吞む見事さ。
1486年フィレンツェ生まれで仕立屋の息子だったので仕立屋を意味するサルトが 通称となり、ヴァザーリから「全くエラーのない画家」と称賛された アンドレア・デル・サルトのトンド「洗礼者ヨハネと聖母子」も名画。
グレコの「十字架を運ぶキリスト」も一目でグレコとわかる作品。
古典ばかりでなく、1949年アメリカ生まれの女性彫刻家で、 芸術家の夫と一緒に牧場を経営し、自分で見つけた木切れや金属片を 繋ぎ合わせて作る馬のオブジェで知られ、米国の美術館ではよくみかける ポピュラーな現代作家、デボラ・バターフィールドの彫刻もあります。
レックスはラテン語で「王様」という意味があります。
デボラ・バターフィールドの作品はアメリカ以外では見かけませんが 世界中の美術館でよく目にするフランク・ステラの作品もありました。
フランク・ステラは1936年、ボストン近郊の生まれで、高校で抽象画家の 教師から描画の手ほどきを受け、プリンストン大学で美術史を専攻。
卒業後はニューヨークに住みジャクソン・ポロックやフランツ・クラインなどの 抽象表現主義に影響されながら、シンプルな形と色を使用して表現する ミニマルアートの先駆者として頭角を表します。
1980年代以降は湾曲したり破断したりといった不規則な構造物を組み合わせた 3次元的な作品を制作。アメリカ現代美術を代表するひとりとして評価されます。 2024年、88歳の誕生日の8日前に悪性リンパ腫で死去。
ここにある「ラモーの甥」は1977年作のミニマルアート作品です。
ラモーの甥はフランス百科全書派の巨匠ディドロの最高傑作とされる対話小説。
大作曲家ラモーの実在の甥を,体制からはみ出しながら体制に寄食するシニックな
偽悪者として登場させ,哲学者である「私」との対話を通して旧体制の
フランス社会を痛烈に批判する本です。
生前は発表されず1805年ゲーテのドイツ語訳によって,俄然反響を呼んだものです。
(添付8:デボラ・バターフィールド作「レックス」および 添付9:フランク・ステラ作「ラモーの甥」は著作権上の理由により割愛しました。
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