戻る

美術館訪問記-743 コロンバス美術館、Columbus, OH

(* 長野一隆氏メールより。写真画像クリックで原寸表示されます。)

添付1:コロンバス美術館正面

添付2:ジョシュア・レイノルズ作
「コッリーナ」

添付3:アングル作
「ラファエロとパン屋の娘」

添付4:ジェローム作
「アチェールの思い出」

添付5:ルノワール作
「舞台衣装のアンリオ夫人」 

添付6:コロンバス美術館内部 

添付7:マティス作
「自画像のある静物画」

添付8:マティス作
「赤い服のロレッタ

添付10:国吉康雄作
「果物泥棒」

次の都市はコロンバス。オハイオ州の中央部に位置する商工業都市で同州の州都。 人口は91万人余りで同州最大、中西部ではシカゴに次ぎ、全米でも第14位。 都市名は前回のコロンビア同様クリストファー・コロンブスに由来します。

この町の中心部近くにあるのが「コロンバス美術館」。

ここを訪れた時には想定外の事がありました。土曜日の朝とあって、全く渋滞も 無く、開館30分前には美術館の直ぐ近く迄たどり着いたのですが、突然渋滞し、 車が全く動かなくなりました。暫く待っても動かないので、横道に出て、 狭い通りを抜け、少し前に進むと目の前の通りを多勢の人が走っています。

後から後から人が来て途切れることがなく、前を見ても後ろを見ても延々と続いて います。市民マラソン大会なのでした。そのコースが町を直線で横切っており、 それに直角方向に進む道は全て遮断されていたのです。

傍にいたシェリフに、後どれ位で通れるようになるのか聞くと、 さあ、1時間はかからないだろうという返事。

普通は回り道のガイドとか、臨時の交通整理とかやりそうなものですが、何も無い。 美術館が目の前なので、車を置いて、歩いていけたからよかったものの、 これが何㎞も先だったらと思うとゾットしました。アメリカならではの話。

重厚な建物のコロンバス美術館はオールドマスターは乏しいものの、 近代絵画は幅広くカバーしており、見応えがありました。

僅かしかないオールドマスターの中では何度も名前を出しながら まだ解説してなかったジョシュア・レイノルズの作品を採り上げましょう。

ジョシュア・レイノルズは1723年イギリス南東部の生まれ。父親は聖職者で 地元の中学校の校長も務めた教養ある人物で、早くから美術の才を示した レイノルズは子供の時から本をよく読み、絵画論も勉強していました。

1740年からロンドンの肖像画家の下で3年間修業後、一本立ちし、1749年には イタリアに遊学する機会を得てラファエロ、ミケランジェロなど多くの古典を模写 して腕を上げ、同時に上流階級の人々とも対等に付き合うための教養を深めました。

イギリスに帰国後、古典の巨匠の作品から理想的なポーズやモティーフを借用して モデルの様々な欠点を補いながら高貴な精神の持ち主として美化したレイノルズの 肖像画は、自国の芸術的伝統を持たないイギリス上流階級の人々から 圧倒的な支持を受け、幅広い教養もあって上流社交界の寵児となったのでした。

上流社交界で画家の地位を高めたレイノルズはロイヤル・アカデミーの創設 メンバーの一人となり、1768年、その初代会長となります。 また彼は実作のみならず絵画の理論家・教育者としても大きな役割を果たしました。

1769年にはナイトに叙され、1784年には主席宮廷画家となりますが、 1789年に左目の視力を失い、リタイアを余儀なくされ、1792年死去。 イギリスの画家では初めてセント・ポール大聖堂に埋葬されました。

ここにある彼の「コッリーナ」はレイノルズの親しいパトロンであった ジョン・フィッツパトリック伯爵の娘を描いたものです。

レイノルズは妹と共に住んで一生を独身で通したのですが、 子供を愛し、非公式的な子供のの肖像画を数多く残しています。

フランス新古典主義最後の巨匠アングルの「ラファエロとパン屋の娘」は ラファエロと彼の永遠の恋人とされるパン屋の娘フォルナリーナを描いたもので、 ラファエロはフォルナリーナを抱擁しながらも、 目は彼の名作となる描きかけのフォルナリーナの肖像に注がれています。 現実から理想への芸術的昇華を意図した名作です。

アングルの跡を継ぐフランス・アカデミズムの巨匠で エキゾチックな作品の多いジェロームの非常に珍しい風景画がありました。

ルノワールが大切なパトロンの一人であり、お気に入りのモデルの一人でもあった オデオン座の人気女優、アンリエット・アンリオを描いた絵もありました。

マティスの作品が5点も展示されていました。 まだ画家修業中の静物画と彼の愛娘を描いたマティスらしい作品を添付します。

第739回のエドワード・ホッパーの「ナイトホークス」と並んで私の好きな 彼の「モーニングサン(朝の太陽)」はここにあります。

ホッパーは「私はあまり人間的ではないのかもしれない。 私の関心は家の壁にあたる陽光を描くことにあるのです」と言っていますが、 この絵に都会に生きる人間の孤独や哀愁を感じない人は少ないでしょう。

国吉康雄(第106回参照)の作品も3点ありました。その内の1点を添付します。



(添付9:エドワード・ホッパー作「モーニングサン」は著作権上の理由により割愛しました。
 長野さんから直接メール配信を希望される方は、トップページ右上の「メール配信登録」をご利用下さい。管理人)