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美術館訪問記 -736 ミント美術館ランドルフ、Charlotte

(* 長野一隆氏メールより。写真画像クリックで原寸表示されます。)

添付1:ミント美術館ランドルフ正面

添付2:アフリカ美術のコーナー

添付3:ヨーロッパ美術室内

添付4:コジモ・ロッセリ作
「聖ペテロ」

添付5:リドルフォ・ギルランダイオ作
「4聖人と聖母子」

添付6:アラン・ラムゼイ作
「イギリス王ジョージ3世」

添付7:ブーダン作
「アンティーブの眺め」

次の町はシャーロット。前回のチャペルヒルのあるノースカロライナ州 最大の国際都市で人口88万人弱、全米でも第16位の大都市です。

この街の南東部、フライヤー川沿いの緑地帯にあるのが「ミント美術館ランドルフ」。

元米国造幣局(ミント)の建物を流用しノースカロライナ州初の美術館として 1936年開館。美しい公園に囲まれ、古代アメリカやアフリカの美術、 陶器と装飾美術、ヨーロッパ美術を展示している美術館です。

絵画ではコジモ・ロッセリの「聖ペテロ」がありました。 聖ペテロは12使徒の一人でキリストから天国への鍵を受け取ったとされ、 カトリックでは初代ローマ教皇とされた聖人でアトリビュートの鍵を持っています。

コジモ・ロッセリは1440年フィレンツェの生まれで、ベノッツォ・ゴッツォリに 師事し、フィレンツェで活躍した画家です。1481年にはボッティチェッリや ドメニコ・ギルランダイオ、ペルジーノらと、ローマ教皇シクストゥス4世に 招かれ、ヴァチカンのシスティーナ礼拝堂の壁画装飾に携わる程評価されています。

弟子に彼の名前を採って仇名されたピエロ・ディ・コジモやフラ・バルトロメオ、 アンドレア・デル・サルトなどの錚々たる画家たちがいます。

ドメニコ・ギルランダイオの息子、リドルフォ・ギルランダイオのトンド 「4聖人と聖母子」がありました。リドルフォは1483年フィレンツェの生まれで、 同じ年生まれのラファエロとは親しい友人で影響を受けています。

ラファエロが1508年教皇の招きでフィレンツェからローマに行く時にリドルフォ に同行を求めたのですが、「フィレンツェ大聖堂が見られない生活はできない」と 断った話は有名です。言葉通りフィレンツェで働き通して1561年没。

アラン・ラムゼイの「イギリス王ジョージ3世」があります。

アラン・ラムゼイ(1713-1784)はスコットランド、エディンバラ出身で、 20歳で絵画の勉強にロンドンに出て3年を過ごした後、ローマ、ナポリで更に 3年間腕を磨き、25歳でエディンバラに戻り肖像画家として活躍しました。

彼は卓越した絵画技術に加え、詩人で作家の父親譲りの教養と海外生活での 見聞に裏打ちされた、洗練された人当たりの良さで上流社会で人気を博し、 1761年にはジョージ3世の首席宮廷画家に登用されます。

このため英国王室のコレクションにはラムゼイ作の肖像画が数多く入っていますし、 英国のみならず、欧米の美術館でも彼の作品はよく目にします。

フランスの画家ブーダンの「アンティーブの眺め」は印象派の父と 呼ばれるにふさわしい明るい絵で、好感が持てました。