前回でアメリカ美術館ABC順Bの項を終わるところなのですが、 アーカンサス州ベントンビルにある 「クリスタル・ブリッジーズ・アメリカ芸術美術館」を追加しないといけません。
この美術館は2011年11月の開館で、私が2011年4-5月にアメリカ中部を 巡った時には間に合わず、2023年再度アメリカ中部周遊時にカバーしたのです。
ベントンビル市は人口5万8千人足らず。近くにある都市からは カンザスシティから340㎞、オクラホマシティから360㎞、セントルイスからは 540㎞と普通に行くには不便な場所なのですが、この町で年間100兆円近い 世界最大の売上高を誇る企業、ウォルマートが誕生し、今も本社が置かれています。
ウォルマートは1962年にサム・ウォルトンが創業したのですが、 その娘のアリスは美術愛好家で、父から受け継いだ富の一部を この美術館の建設と展示美術品の蒐集に注いだのです。
その総額は8億ドル(約1200億円)だそうですが、 ちなみに2023年版フォーブズ誌はアリスの資産は665億ドル(約10兆円)で アメリカで最も裕福な女性と評しています。
アリスは真の美術愛好家らしく、現在も拡張中の美術館は公共の施設となっており、 入場料も無料。美術館名もそうですが、施設内やその周辺にも ウォルトン家やウォルマートの影一つ感じられません。
この辺はワシントン・ナショナル・ギャラリーを土地、建物、中身の美術品まで 全て自費で賄い、国家に寄贈して自分の姿は隠したメロン財閥の当主、 アンドリュー・メロン以来の米国富裕層の健全な伝統を受け継いでいるようです。
美術館は人里離れた山中にあり、既存の小川を活かして池を造り、 その池を取り囲むように8つの建物が連なって美術館を構成しています。 何やら桃源郷に踏み入るような感覚で第468回のMIHO MUSEUMを想起しました。
山中を分け入って広い駐車場に車を停め、少し歩いてシンプルな入口に向かいます。 ここからエレベーターで渓谷の下にまで降りて行くのです。
添付1がその入口の写真ですが、中央に見える銀色の枯れ木のような物体は れっきとした彫刻作品で作者はロキシー・ペイン。 1966年生まれのアメリカ人画家兼彫刻家で、彼の同様の作品は ニューヨークの近代美術館はじめアメリカ各地の美術館に散在しています。
添付2の写真中央やや右に見えるのが美術館の中心部分で、池をまたぐ橋の上に 両側をガラスで覆われ、内部にはレストランやカフェ、ショップ、受付などがある 事務棟になっています。写真は反対側に位置する美術館別館内から撮ったものです。
展示室内部は天井と床に木材が使われ、心地よい空間を創り出しており、 8つの建物を結ぶ通路の両側は全面ガラス製で周囲の自然と建築美を楽しみながら 館名が示すように5世紀にわたるアメリカ芸術を堪能できました。
ある展示室では妙齢の女性歌手が素晴らしい歌声でドイツ歌曲を披露していました。 こういう趣向も来館者を楽しませようという美術館の心意気でしょう。 館内でこういう取り組みをしている美術館は他に知りません。
アメリカ芸術のコレクションでは最上級の美術館で、何でも揃っていますが、 これまで何度か名前を出しながらまだ説明していなかった ハドソン・リバー派を採り上げましょう。
ハドソン川はニューヨーク市を河口としてカナダに向けて北上している川ですが、 19世紀半ばにこの川を舞台に風景画を描いた一群の画家たちを ハドソン・リバー派と呼んだのです。
その創始者はトマス・コールと言われます。彼は1801年イギリスの生まれ。 1818年に家族と共にアメリカに渡り、絵画を学び、肖像画から出発して 風景画に移り、ハドソン川上流の風景を描いた絵が高く評価されました。
1826年のことでしたが、この評価に力を得た彼は、精力的に風景画を描き続け アメリカ最高の風景画家と称されるようになります。
彼は自然の風光こそ聖なる神の姿そのものだという考えで、雄大な景観を細密に 描こうと努めたのです。この立場はイギリスのターナーやドイツのフリードリヒと 繋がるロマン主義的なものでしたが、ヨーロッパの風景とは異なる、アメリカの 広大な大陸の美しさを顕現したものとしてアメリカ国民に受け入れられたのです。
コールの親友だったアッシャー・デュランドもハドソン・リバー派の有力な画家で、 1848年コール亡き後も、コールに学んだフレデリック・エドウィン・チャーチや ジョン・フレデリック・ケンゼット等が第二世代のハドソン・リバー派とされます。
この美術館にはコールの「エトナ山」がありました。 1842年蓄えた資金を基にヨーロッパのオールドマスターを学びに行った時の作で、 シチリアにある標高3226mの活火山、エトナ山の眺めを活写したものです。
その横に親友コールを偲んで、アッシャー・デュランドが ハドソン川上流にあるキャッツキル山地に立つコールと自分を想像して 1849年に描いた「親密な精神」が展示してあったのも心憎い。
コールの衣鉢を継いだジョージ・イネスの「旧道」も魅力的な風景画です。 ジョージ・イネスについては第541回を参照して下さい。
アメリカに印象派を普及させるのに多大な貢献をしたメアリー・カサットの 「読書」がありました。彼女については第190回で詳述しました。
生涯アメリカ国籍を収得できなかったものの、アメリカ人として遇されている 国吉康雄(第106回参照)の「牛といるジョー少年」も味のある作品です。
国吉は丑年生まれで牛に運命的なものを感じていたらしく 数多くの牛の絵を残しています。
1957年に渡米後ニューヨークで活躍し「前衛の女王」と称された 草間彌生のインスタレーション「鏡の間」がありました。
密閉された真っ暗な小部屋の中に鏡が張り巡らされており、 彼女特有の水玉模様の発光体が方々に吊り下げられているようで、 それらが時々刻々、目まぐるしく変化・移動して見える仕掛けです。
草間彌生はいまだに世界的人気を誇っており、彼女の作品は方々の美術館で 目にしますが、一人しか入れない小部屋への長い待ち行列ができていました。 一定時間が経つとスタッフから小部屋を追い出される仕組みです。
(添付10:草間彌生作「鏡の間」一景は著作権上の理由により割愛しました。
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