ドイツの町、ABC順の美術館巡りも半年が過ぎました。 ドイツばかりでも食傷するでしょうから、次はアメリカをABC順に行きましょう。
アメリカの次の美術館はバッファローにある 「バーチフィールド・ペニー・アート・センター」。
アメリカ合衆国ABC順の最後だった第548回のオルブライト=ノックス美術館の 通りを隔てた斜め向かいにある、画家チャールズ・バーチフィールドのための 個人美術館です。一人の画家だけのための美術館としては世界最大でしょう。
チャールズ・バーチフィールドは1893年オハイオ州の生まれで、 クリーヴランド美術学校卒業後28歳でバッファローに移住し、結婚するまで 未亡人となった母親と過ごしています。その家は現在美術館となっています。
彼はその家で窓から見える風景や近所の風景を描き、その間の作品数は生涯作品の 半数近くにもなり、100年以上経った今もそれらの景色は殆ど変わっていないとか。
バッファローでは壁紙制作会社のデザイナーとして働きながら5人の子供を 育てるのですが、バッファローの街路、港、鉄道路線、および周辺の田園地帯に 魅了された彼は、自由時間にそれらを写実的な作品に仕上げていきました。
バーチフィールドに関するホッパーのエッセイがアーツ誌の7月号に掲載された後、 バーチフィールドは1928年にエドワード・ホッパーと友達になります.
ホッパーは次のように書いています。 「チャールズ・バーチフィールドの作品は、強い決意をもって、芸術にではなく、 日常生活、それも彼が最もよく知っていて愛している生活に基づいているのです」
1929年、ニューヨーク市のレーン画廊がバーチフィールドと専属契約を結び、 彼はデザイナーとしての仕事を辞め、画業に専念します。
1930年、ニューヨーク近代美術館で初の個展を開催。 1936年、雑誌ライフは、その記事「バーチフィールドのアメリカ」で、 彼をアメリカの10人の偉大な画家の1人であると宣言しました。
1940年代に入ると彼は結婚前の画風に戻り、 自然、事物、人間を幻想味をまじえて描くようになります。
彼曰く「芸術家は自然の中で見たものではなく、そこにあるものを描かなければ なりません。そうするためには象徴となるものを見出さなければならず、 それが適切に使用されれば、芸術家の作品は彼の目の前にあるものよりも さらにリアルに見えるようになります」
バーチフィールドは1967年1月に亡くなりますが、彼の芸術的功績は1966年12月、 バッファロー州立大学内にチャールズ・バーチフィールド・センターが設立された 事によって十分に報われたのでした。本人も開設に立ち会いました。
1991年から1994年の間に、センターはチャールズ・ペニー博士から バーチフィールドの作品183点を含む、ニューヨーク州西部の芸術家による 1,300点以上の作品を寄贈されました。
これらを収納するため床面積 7,800㎡もの新ビルディングが建設され、 2008年、バーチフィールド・ペニー・アート・センターとして開館したのです。
ここにある479点のチャールズ・バーチフィールドの作品の中から幾つかを 年代順に添付しましょう。彼の作品のほとんどは水彩画です。 なおセンターは他に535点のバーチフィールドの素描も所有しています。 勿論どちらも世界最大のバーチフィールド作品所有数です。
(添付5:チャールズ・バーチフィールド作「ユークリッド通り」1916年、添付6:チャールズ・バーチフィールド作「窓辺の植木鉢」1919年、添付7:チャールズ・バーチフィールド作「創世記」1924年、添付8:チャールズ・バーチフィールドがデザインした壁紙「9月」1925年および添付9:チャールズ・バーチフィールド作「雨の中の歌」1947年
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