フランクフルト旧市街に一際目立つ高く聳えた建物が「フランクフルト大聖堂」。
公式名称は「聖バルトロメウス・皇帝大聖堂」。 ローマ帝国の時代に皇帝の選挙や戴冠式にも使われていたことからの名称です。 建物は約95mの高さがあり、珍しい赤褐色の外観が目を引きます。
この地に教会が築かれた歴史は、7世紀まで遡ります。当時はフランク王国の 小さな礼拝堂でした。その後、13世紀から15世紀にかけて大聖堂が 建築されましたが、1867年の火災によって焼失して、再建。
さらに第二次世界大戦でも破壊され、1950年代に再建されました。 現在の大聖堂は、長い歴史の中で再建を重ねてきた姿となっています。
大聖堂の前に立つと、想像以上に大きく重厚感のある外観に惹き付けられます。
内部は三廊式で最後の再建時にゴシック様式で外観同様赤褐色に統一され、 太い柱と高い天井のヴォールト(穹窿)が荘厳な雰囲気を醸し出しています。
破壊されたステンドグラスは、フランクフルトの企業から寄贈された 明るい色の工業用ガラスで作られたステンドグラスに取り替えられました。
第二次世界大戦以前で残っている壁画は唯一「コンラート3世と聖ベルナール」。
コンラート3世(1093-1152)は、神聖ローマ帝国史上初めて皇帝としての 正式な戴冠を果たせなかったローマ王でしたが、クレルヴォーのベルナールという フランス生まれの高名な聖職者で説教の名手に説得されて十字軍に参加しました。 ベルナールは死後21年という異例の速さで聖人となっています。
作者のエドヴァルト・フォン・シュタインレ(1810-1886)はウィーン生まれの画家で 1828年から1834年までローマに滞在し、ナザレ派から強い影響を受けています。
その後フランクフルトを中心に活動し、1850年にはフランクフルトの美術学校の 教授に就任。この大聖堂の内部を旧約聖書と新約聖書の出来事の描写と ドイツ帝国史の場面で埋め尽くすことを依頼され、1878年に完成させています。 全てが残っていれば、この大聖堂はドイツ一の芸術大聖堂と言われたことでしょう。
保存されて来た芸術作品も幾つか観ることができます。
「マリアの眠る祭壇」は、1438 年以来マリア礼拝堂にあり、華麗な装飾の天蓋の下 聖母マリアの死を嘆く使徒たちの姿が生き生きと表現されています。
貴族のウルリッヒ・フォン・ヴェルシュタットと彼の妻グートゲ・シェルミンから 寄贈されたこの祭壇は、大聖堂で最も表現力豊かな彫刻作品となっています。
アンソニー・ヴァン・ダイクの「十字架降架」はこの大聖堂の白眉です。
この絵の来歴は波乱に満ちており、大元はフランクフルトの西にある マインツの大司教がマインツ大聖堂の祭壇画として注文したのですが、 1627年完成後も料金を支払わなかったため、 ヴァン・ダイクはその絵を貧しいフランシスコ会修道院に寄贈。
フランシスコ会修道院は金繰りのため直ぐに売り払ってしまったのですが、 何が幸いするかわかりません。修道院は直後の戦争で焼き払われてしまったのです。
絵は最終的にウィーンのリヒテンシュタイン宮殿に行き着いた後、 宮殿に仕えたビルケンシュトック家の所有となり、 娘のアントニアはフランクフルトの貴族の息子フランツ・ブレンターノと結婚。
この絵をフランクフルトに持ち込んだのです。ブレンターノの死後、 未亡人は1852年に、この作品をフランクフルト大聖堂に遺贈しました。