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美術館訪問記 -721 エッタール修道院、Ettal

(* 長野一隆氏メールより。写真画像クリックで原寸表示されます。)

添付1:エッタール修道院遠景    写真:Creative Commons

添付2:エッタール修道院教会正面

添付3:エッタール修道院教会内部

添付4:エッタール修道院教会天井

添付5:主祭壇画部分

添付6:オーバーアマガウ村内の壁画例

添付7:オーバーアマガウ村内の壁画例

添付8:オーバーアマガウ村内の壁画例

添付9:オーバーアマガウ村内の壁画例

添付10:オーバーアマガウ村内の壁画例

次の村はエタール。ドイツ最南部、オーストリア国境に近い海抜877m、 人口681人(2024/12/31)の寒村ですが、ここにあるのが「エッタール修道院」。

ドイツ語表記では同じEttalですが、なぜか村名と修道院名では発音が違います。

修道院は、1330年にバイエルン皇帝ルートヴィヒによって設立されました。 ルートヴィヒとしては自分の魂を救うだけでなく、アウグスブルクからヴェローナ への通商路を確保する南方への交通路の拡大と地域の発展も意図していました。

修道院は、1370年に完成しましたが、1744 年の火事で、大部分が破壊され、 その後ロココ様式で再建されました。巡礼者にとって便利な場所とその魅力により、 エッタール修道院はアルプスで最も重要なベネディクト派修道院となりました。

修道院は巡礼者のために、ビール工場や蒸留酒の醸造所、ショップやカフェも併設。 道を挟んだ反対側には同じく修道院が所有するホテルがあり、 これらの収入が修道院の経営を支えているのだそうです。

中でも目を惹くのはエッタール修道院の教会です。左右に緑色をした玉ねぎ頭の 塔を持ち、中央に丸ドームを乗せたファサードがどっしりと存在感を見せています。

左の塔は19世紀半ばに建てられ、右の塔とファサードは20世紀初頭に完成。 白壁に、12点の彫像が嵌め込まれ、彫像の間に配された神殿風の柱には 柱頭装飾が施され、壮麗で美しい建物となっています。

内部は主祭壇の両側にそれぞれ3つの脇祭壇が並び、絢爛豪華なロココ様式の 装飾で埋め尽くされています。最大の見どころなのが、 ドーム天井に幾人もの聖人を描いた壮大なフレスコ画。

すぐ下に円を取り囲むように設けられている11のステンドグラスの 窓から差し込む柔らかい光と相まって神々しい雰囲気を作り出しています。

作者はヨハン・ヤーコプ・ツァイラーという1708年オーストリア、 ティロル生まれの画家。画家だった父の下で修業後、1723年ローマに出て セバスティアーノ・コンカについて6年間腕を磨いています。 その後、ナポリ、ヴェネツィアで武者修行後故郷に戻って働き1783年没。

彼は宗教的な主題のフレスコ画を得意とし、ここの天井画は1746年に製作。

エッタール修道院は聖母被昇天に捧げられており、 主祭壇には聖母被昇天の祭壇画が飾られていました。1769年作。

作者はマルティン・クノラー。1725年、エタール近くのインスブルック生まれの オーストリア人画家で、ザルツブルグとウィーンで修業し、 フレスコ画と祭壇画を得意としていました。 1793年からはミラノのブレラ美術学校で教え、1804年没。

エタールから北へ4㎞程行くと、ドイツアルプスの美しい山々を背景に、 見事な壁画に溢れた家並みで知られるオーバーアマガウ村があります。

村の中をドライブしながら目についた家々を何例か添付しましょう。