エッセン市の中心付近にあるのが「エッセン大聖堂」。
古くからあった教会が1275年の火災で焼け落ち、1316年にゴシック建築として 再建されたものです。第二次世界大戦では、1943年の大空襲で大きく破壊され、 戦後1951年に再建が着手され、1958年の再建終了時点で、 ここにカトリック教会の司教座が置かれることとなり、大聖堂となりました。
内部はごくシンプルな造りですが、北側通路にある礼拝堂に凄い宝物がありました。
それが「黄金の聖母子」。薄暗い奥に金色燦然と輝いていました。980年頃の作で 西洋美術として完全に彫刻された聖母マリア像では現存する最古のものです。
高さ74cm、台座の幅は27cm。彫刻の中心部は、おそらくポプラの木から 切り出された単一の木片から彫られ、彫刻の表面は、厚さ0.25mm未満の 金箔で完全に覆われており、金の小さなボルトで固定されています。
金箔の大きさは、表面の質感に合わせて1枚1枚異なります。 聖母子の顔はそれぞれ1枚の金箔だけでできています。 色付きの目は、七宝焼きエナメルでできており、聖母の目は彫刻された金具に はめ込まれていますが、キリストの目は木芯に貼り付けられているだけです。
聖母が手に持っているのはリンゴです。リンゴはアダムとイヴの原罪の果実、
イヴが知識の木から悪のリンゴを手にしたのと同じように、 マリアは鑑賞者にリンゴを差し出し、 キリストの誕生を通じて彼女が世界にもたらした救いを象徴しています。 原罪の果実が原罪を贖う果実となったことを示していると解釈されます。
大聖堂の西側に結合されて隣接しているのが「洗礼者ヨハネ教会」。
元は隣の大聖堂の礼拝堂だったと考えられますが、 1471年にゴシック教会として再建され、1968年改修されて現在に至っています。
ここで見逃せないのがバルテル・ブリュイン父の「受難図祭壇画」4点。
バルテル・ブリュイン父は1493年、ドイツ西部のヴェセルの生まれで、 地元の画家の下で修業後、若くしてケルンに移住して工房を構え、祭壇画と肖像画 を描き、当時のケルンで最初の最も重要な肖像画家でした。1555年ケルンで死去。
息子のバルテル・ブリュイン子(1525-1610)も名のある画家になっています。
「受難図祭壇画」はキリストの生涯の始めと終わりを4点の祭壇画で 表したものですが、それぞれがパネルの表裏を使って描かれており、 同時には2点しか観られません。「キリスト生誕」の裏が「キリスト磔刑」です。
これら4点はバルテル・ブリュイン父がケルンからエッセンに呼び出されて エッセン大聖堂の祭壇画として描いたものをこの教会に移したものですが、 当時の彼の名声を物語ると同時に彼の宗教画の最高傑作となっています。