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美術館訪問記 -718 エアフルト大聖堂、Erfurt

(* 長野一隆氏メールより。写真画像クリックで原寸表示されます。)

添付1:エアフルト大聖堂遠望

添付2:エアフルト大聖堂正面

添付3:エアフルト大聖堂入口

添付4:エアフルト大聖堂内部

添付5:エアフルト大聖堂中央祭壇

添付6:ステンドグラス
写真:Creative Commons

添付7:「エアフルトのマドンナ」
写真:Creative Commons

添付8:「エアフルト・ユニコーン祭壇画」
写真:Creative Commons

添付9:クラーナハ作
「聖カテリーナの神秘の結婚」

前回のアンガー博物館から西に700mも行くとエアフルトのシンボル的存在 「エアフルト大聖堂」があります。

壮麗な大聖堂の建設は1154年に始まり、1238年に一応の完成をみていますが、 14世紀から15世紀にかけての改装でゴシック様式の内陣や身廊が造られました。

隣には3本のとんがり屋根が可愛いセヴェリ教会が建っています。

この大聖堂の鐘楼の鐘は「グロリオーザ」と呼ばれ、ラテン語で栄光の意味ですが、 1497年作で重さ11.45トン、高さ2.62m、直径2.56mです。

自由にスイングする中世の鐘としては世界最大で、世界で最も美しい音色の鐘の 1つでもあります。そのため、「すべての鐘の女王」と呼ばれることもあります。

この鐘ができて美しい音色を奏で始めた頃、世界を変えることになる 一人の男がエアフルトにやって来ました。マルティン・ルターです。

法律家になるべく1501年にエアフルト大学に入学したルターは、志を変え、 エアフルトの聖アウグスチノ修道会に入り、修道士としての生活を始めます。

そして大聖堂司祭に叙聖され、エアフルトで数年を過ごした後、 ヴィッテンベルクへ移り、1517年宗教改革の火蓋を切るのでした。

巨大な岩山のように大聖堂広場に聳え立つ大聖堂の入口には 聖母子を中心に12使徒が6人ずつ左右に配置されていました。

大聖堂内に足を踏み入れると、そこに広がるのは天井の高い広々とした空間。

中央祭壇の背後にあるステンドグラスは、1370年から1420年にかけてのもので、 高さ18.6m、幅2.6m。ドイツ最大級を誇ります。繊細かつ色彩豊かな ステンドグラスが太陽の光を受けて輝く様子は美しいものです。

「エアフルトのマドンナ」と呼ばれるスタッコ造りの像は、この大聖堂内では 最も古いもので1160年頃の作といいます。その素朴さが愛おしい。

1420年頃作製されたという珍しい図柄の三翼祭壇画がありました。 これは「エアフルト・ユニコーン祭壇画」と呼ばれ、ユニコーンの狩という形で、 大天使ガブリエルが聖母マリアにイエスの誕生を告げています。

ユニコーンは処女によってのみ捕まえられるということから、 マリアが無垢であること、救世主が彼女から生まれることが示されているのです。

入口横に後ろ向きにある礼拝堂にルーカス・クラーナハ父の祭壇画がありました。

絵の中央には幼子を抱いた聖母マリア、左側に聖カテリーナ、右側に聖バルバラが 描かれています。迫害の中で信仰を貫いたこの二人の聖女の固い信心を 象徴するのが、イエスによって聖カテリーナにつけられようとしている指輪です。

聖カテリーナはアレクサンドリアのカタリナとも呼ばれ、 エジプト、アレクサンドリアの王家の娘で、教養高く、キリスト教に帰依し、 ローマ皇帝の求婚を拒絶したため、車輪に手足を括り付けられて転がされるという 拷問に処されようとされますが、車輪が雷電で壊れたため、斬首されたとされます。

このため、彼女は車輪や、剣、死に対するキリスト教の勝利を意味する棕櫚や、 彼女の高い教養を示す書籍などと共に描かれることが多い。

また彼女は、天国へ運ばれ、そこで聖母マリアによって、 キリストと婚約させられるという幻視を見たとされ、 「神秘の結婚」というタイトルで絵画の主題にも多く登場します。