前回の芸術宮殿美術館から南に800mも行くとあるのが「20世紀美術館」。 旧市街にあって繁華街からもほど近い、黒い優美な流線型の建物です。
パウル・クレーが1930年から1933年までここの美術学校で教鞭を執った縁で、 1961年、州がアメリカの収集家から88点のパウル・クレー作品を一括購入した ことを契機に開設されました。1986年に現在の場所に移転しています。
スイスの画家パウル・クレーは、その詩的な作風で多くの人に愛されています。 20世紀美術館では開館以降クレー作品の収集を続け、コレクションは100点に 達しており、クレーの40年以上にわたる制作の軌跡をたどることができます。
パウル・クレーは、詩的なものと奇抜なものを組み合わせるのが好きでした。 1920年作の「リズミカルな木の風景の中のラクダ」は、 五線譜のような構成と優しい色の調和が音楽を感じさせます。
彼は1933年政権を執ったナチスに「退廃芸術」の烙印を押され、迫害を受け、 同年スイス、ベルンに亡命。ナチスは非情にもクレーがドイツで保持していた 銀行口座を閉鎖。クレーは経済的にも個人的にも困難な状況に置かれました。
2年後原因不明の難病、皮膚硬化症を発病し、彼は一層の苦境に陥ります。 その年、作成された象徴的な自画像「引き裂かれた」は、 個々の運命の反映を超えて普遍的な美へと自らを昇華しているようです。
クレーとバウハウスで同時に教鞭を執ったカンディンスキーが1911年に描いた 世界でも最初期の抽象画「コンポジションIV」がありました。
奔放な筆運び、鮮やかな色彩、抽象的なフォルム、この絵は絵画の革命に 等しいものでした。これは彼が10作描いたコンポジション・シリーズの4作目。
カンディンスキーと1911年、抽象化と単純化と色彩の力で、芸術に精神的価値を 吹き込む事を目指し、純粋な精神的造形としての抽象への道を開くことになった 芸術グループ「青騎士」を結成したフランツ・マルクの「3匹の猫」もあります。
1899年、19歳のマルクは、1年間の兵役で軍隊のキャンプに参加します。 マルクの人生を変える不思議な体験は馬術の訓練中に起きました。 馬の背にまたがり、走り出したその時、マルクの心の中で何かが弾けたのです。
何者にも束縛されない自由な世界。憎しみも偽りもない動物の純粋さ。 マルクは動物が大好きになり、動物を描く画家になったのです。 彼は動物の眼を通して自然界に存在する霊的なものを描こうとしたのでしょう。
パリに住んでいたイタリア人のモディリアーニの特徴ある肖像画 「ディエゴ・リベラ、1914」は一目見たら忘れ難い絵です。
モディリアーニと、1911年から10年間頻繁にパリに滞在したメキシコの画家 ディエゴ・リベラは親しい友人でした。モディリアーニはリベラの肖像画を 何枚か描いており、そのボリュームのある体と丸い頭を、 色彩を微妙に調整して筆先を自由に軽くたたくようにして描き出しています。
ロシアからパリに移り住み、モディリアーニやリベラとも親交のあった シャガールの「ヴァイオリン弾き」は彼特有の、故郷ヴィテブスクと ユダヤ人としての彼の民族的な主題を組み合わせた、心楽しい作品です。
マティスの「赤い室内、青いテーブルの上の静物」が秀逸でした。
色彩の魔術師と呼ばれたマティスが、創造的な人生を通して完成しようとした 構図と色彩のバランスが理想的に達成された作品と思えます。
(添付8:シャガール作「ヴァイオリン弾き」は著作権上の理由により割愛しました。
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