次の町はドルトムント。デュッセルドルフの北東55㎞の所にある 人口59万人足らずの、近代産業が発達する以前からハンザ同盟都市として栄えた 工業都市で、日本人選手も所属する名門サッカークラブがあることでも有名です。
この街の中心、ドルトムント中央駅の東斜め前にあるのが「文化史・美術史美術館」。
中央が吹き抜けになった5階建てのビルに石器時代の遺物から、測量機械、骨董品、 家具など雑多なものを展示しています。各階の要所要所に絵画の展示がありました。
雑多な展示品の中では、タイル見本やステンドグラス、陶磁器などに 観るべきものが幾つかありました。
絵画ではまずロヒール・ファン・デル・ウェイデンの「芝生のベンチに座る聖母子」。
ウェイデンについては第661回を参照してください。彼の作品を添付するのは 711回にして6回目ですから、そうそうお目にかかれるものではないのです。
次いでアードリアン・イーゼンブラントの「ゲッセマネの祈り」。
イーゼンブラントは1490年頃の生まれで、 1510年ブルージュのヘラルト・ダーフィットの工房でパートナーとして働いた後、 大きな工房を構えたフランドルの画家です。 ブリュージュはその頃ヨーロッパでも最も裕福な都市の一つでした。
この絵はキリストの言いつけに背いて眠りこける弟子たちを近景に、 苦悩のうちに神に祈りを捧げ、天使によって力づけられるキリストを中景に、 遠景にはぼんやりとして青味がかった色調の空気遠近法で 俯瞰的に描いた想像上の風景を配し、効果を上げています。
こういう構図は後にブリューゲル一族が受け継ぐことになります。
イーゼンブラントは、生存中国際的に知られた高名な画家で、 1551年ブリュージュで没した時、遺族は少なくとも4軒の家屋と付随した土地を 相続した記録があります。彼の作品は世界の主要美術館が所有しています。
続いてドイツロマン派の巨匠カスパー・ダーヴィト・フリードリヒの 「教会のある冬景色」。自然のなかに神の存在をみようとした画家です。
彼の絵には、無人の荒涼とした風景を題材とした、宗教的崇高さと静寂感に満ちた 作品が多い。自然が織り成す風景に象徴的・悲劇的なドラマを見出し、 まるで宗教画に見られるような怖れや畏怖の念が表現されているように感じます。
次いでアンゼルム・フォイエルバッハの「ナンナ」。
フォイエルバッハはデュッセルドルフとミュンヘンのの美術学校で学んだ後、 ベルギー、フランスを巡り、1854年からイタリア各地で20年程を過ごし、 ウィーンの美術学校の教授となりましたが、1880年ヴェネツィアで没しています。
イタリアのルネサンス絵画に学んだ生粋の新古典主義の彼の作品は、 彫像のように優美な気高さと、古代ギリシャ芸術の簡素さを持ち合わせており、 この1862年時の肖像画でも、その高貴とも言える画風を再認識させられます。
ナンナはローマの靴屋の妻で、フォイエルバッハのお気に入りのモデルとして 彼の1861年から1865年までの作品に何度も登場しています。
最後に前回も紹介したフランツ・フォン・シュトゥックの 「ある女性の肖像」を添付しましょう。