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美術館訪問記 -710 ダルムシュタット芸術家コロニー博物館、Darmstadt

(* 長野一隆氏メールより。写真画像クリックで原寸表示されます。)

添付1:結婚の塔

添付2:ロシア正教会

添付3:結婚の塔1階記念モザイク

添付4:ダルムシュタット芸術家コロニー博物館外観

添付5:ダルムシュタット芸術家コロニー博物館内部

添付6:ダルムシュタット芸術家コロニー博物館内部

添付7:フランツ・フォン・シュトゥック作
「ルートヴィッヒ大公の肖像」

添付8:ポール・ビュルク作
「1901年芸術家コロニー特別展ポスター」

添付9:ハンス・クリスティアンゼン作
「ローゼン邸」

ダルムシュタット市中心よりやや東にマチルダの丘という小高い丘があり、 ここにヘッセン大公エルンスト・ルートヴィッヒが1899年からドイツ各地より 建築家や彫刻家、画家などの芸術家を集めて芸術家コロニーが造られました。

特に19世紀末から20世紀初頭にかけ建築、彫刻、絵画、室内装飾などに 用いられたユーゲントシュティールの芸術家が集まりました。

ユーゲントシュティールとは青春様式や新芸術という意味ですが ドイツ語圏でユーゲントシュティール、フランス語圏ではアール・ヌーヴォーと 呼び、流麗な曲線で動植物を図案化するなどの美術様式をいいます。

ここには街のシンボルになっている「結婚の塔」や、そのすぐ傍らに煌びやかな 姿で魅せる「ロシア正教会」などがあり、結婚の塔はルートヴィッヒ大公の 1905年の結婚を祝して建てられたもので、1階には記念モザイクがあります。

それらの建物の一つとしてあるのが「ダルムシュタット芸術家コロニー博物館」。

1990年に開館したこの博物館は、1899年から1914年までのダルムシュタットの 芸術家コロニーの歴史を記録し、23人のメンバーの作品を展示しています。

添付博物館写真の前方にあるトンガリ屋根の建物はミュージアムショップで 後方の鉄筋コンクリートの建物が博物館。

内部にはユーゲントシュティール様式で作られた家具や食器、照明器具、壁紙、 装飾物などが並べられて部屋の一室を構成しているコーナーもあります。

絵画で目に留まったのはフランツ・フォン・シュトゥック(1863-1928)が 1907年頃に描いた「エルンスト・ルートヴィッヒ大公の肖像」。

シュトゥックは村の粉引きの生まれでしたが、15歳でミュンヘンに出て 苦学しながら、美術アカデミーを卒業。雑誌の挿絵描きで生活費を稼ぎながら、 力を蓄え、1892年ミュンヘン分離派の旗揚げの一員となります。

32歳で美術アカデミーの教授として迎えられ、教え子にカンディンスキー、 クレー、キルヒナーなどの逸材を輩出したことが彼の名声を一段と高めました。

1900年のパリ万博では金メダルも得ています。

画家、版画家、彫刻家、デザイナー、建築家として他方面で才能を発揮した彼は、 社交界の寵児となり、「芸術家の王様」と呼ばれるようになります。

シュトゥックは、このコロニーのメンバーではなかったので特別出品なのでしょう。

1899年の第一次芸術家コロニーの7人のメンバーに最年少の弱冠20歳で招かれた ポール・ビュルク作製の「1901年芸術家コロニー特別展ポスター」があります。

同じく第一次のメンバーで芸術家コロニー内に「ローゼン邸(バラ屋敷)」と呼んだ 自宅を建てたハンス・クリスティアンゼンが自宅を描いた絵もあります。

スイス生まれながら1913年、ルートヴィッヒ大公から芸術家コロニーに招かれた フリッツ・オズワルドがダルムシュタットの東にあるローゼンヘーエ公園を描いた 彼得意の冬景色、「冬のローゼンヘーエ」が掉尾を飾っていました。



(添付10:フリッツ・オズワルド作「冬のローゼンヘーエ」は著作権上の理由により割愛しました。
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