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美術館訪問記 - 702 デ・フンダーティー美術館、Zwolle

(* 長野一隆氏メールより。写真画像クリックで原寸表示されます。)

添付1:デ・フンダーティー美術館外観

添付2:最上階カフェからの眺め

添付3:デ・フンダーティー美術館内部

添付4:ベルナルド・ストロッツィ作
「井戸でのキリストとサマリアの女」

添付5:ターナー作
「雲と水」

添付6:ゴッホ作
「ブルートフィンの風車」

添付7:パウラ・モーダーゾーン=ベッカー作
「自画像」

添付8:マルク作
「馬の創造」

添付9:イサーク・イスラエルス作
「ゴッホのひまわりの前で横顔の女性」

添付10:デ・フンダーティー美術館外観

アムステルダムから北東へ約100㎞離れた所に、中世の時代にハンザ同盟都市で 栄えたズウォレという都市があります。人口13万人余り。

この街の運河に取り囲まれた中心部にあるのが「デ・フンダーティー美術館」。

美術館の建物を二度見しない人はいないでしょう。この奇抜な建築物は 建物の外観から「UFO」または「卵」などのニックネームがつけられています。

1841年建設の新古典主義建築の裁判所を2005年に美術館に転用したもので、 2013年ヒューバート=ヤン・ヘンケット設計の「クラウド」が屋上に追加され、 外観が一新しました。このクラウドは55,000個の立体的な白青の艶をかけられた タイルで外側を覆われています。

クラウドは楕円体の追加展示スペースですが、 その一部には窓ガラスが取り付けられ、眺めの良いカフェになっています。

館内は改修されて近代化されていますが、最初に目に留まったのは ベルナルド・ストロッツィの「井戸でのキリストとサマリアの女」。

ベルナルド・ストロッツィは何回か名前を出しながらまだ説明していませんでした。

彼は1581年ジェノヴァに生まれ、シエナ派のピエトロ・ソーリに絵画を学びますが 1598年カプチン会に修道士として入信します。1610年に父親が死に、 母親と妹を養うために、許しを得て修道会を離れ、画家として働き始めます。 ジェノヴァの有力者の支援を受け教会の装飾画などを描くようになります。

1631年にはパルマ・イル・ジョヴァーネが没したヴェネツィアへ移住し、 たちまち名声を得て、ヴェネツィア出身の画家が低迷していた時代に、 その絵画の伝統を保持する手助けをして、ヴェネツィア派バロック様式の成立に 貢献します。1644年、ヴェネツィアで死去。

ヴァン・ダイクなどのフランドル絵画と当時全盛のカラヴァジェスキ様式、 ヴェロネーゼなどのヴェネツィア派の伝統を組み合わせ独自のスタイルを生み出し、 イタリア・バロック期の最重要画家の一人と考えられる画家で、残した作品も多い。

「井戸でのキリストとサマリアの女」は新約聖書中の挿話で、 キリストが井戸端にいた時にやって来たサマリア人女性に彼女の器で水を飲ませて 欲しいと頼むのです。それは当時の性差別、人種差別、階級制度による常識では、 普通には考えられないことでした。

キリストとの会話を通してこの女性はキリストが救世主であることを確信し、 サマリアの村人たちにそれを伝え、キリストは村に2日間滞在することになり、 彼の話を聞いた村人たちもキリストが救世主であることを信じたのです。 これがキリストの教えがユダヤ人世界から異邦人世界に広がる端緒となったのです。

ターナーが晩年に多く描いた抽象画とも見紛う「雲と水」は オランダではまず観られないイギリス人画家の作品の一つです。

ゴッホがパリに移住した1886年に描いた「ブルートフィンの風車」がありました。

この絵はデ・フンダーティー美術館の前身の美術館の館長だった ディルク・ハンネマがゴッホの真作と確信して1975年に個人購入したものです。

しかし第698回で詳述したボイマンス・ファン・ベーニンゲン美術館が フェルメールの作としてハン・ファン・メーヘレンの贋作を購入した時の 意思決定者だった館長がハンネマだったため、誰もこの絵がゴッホ作とは信じず、 ハンネマの死後美術館倉庫で眠っていたのです。

それが、2010年アムステルダムのゴッホ美術館の鑑定で真作のお墨付きが与えられ、 以後、晴れて展示されているものなのでした。

パウラ・モーダーゾーン=ベッカーが21歳の時に描いた初々しい「自画像」や マルクの「馬の創造」を楽しんだ後、イサーク・イスラエルスの 「ゴッホのひまわりの前で横顔の女性」に少しドキリとさせられました。 絵画鑑賞をする半裸女性というモチーフは初めてでしたから。

実はイサーク・イスラエルスはゴッホのひまわりの前でポーズをとる女性像を 数多く描いており、ゴッホ本人よりゴッホのひまわりを沢山描いたと 言われているのです。画中のひまわりはゴッホ作の完全コピーではありませんが。

鑑賞後、美術館を出て振り返ると入館時とは別の顔が見えました。