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美術館訪問記 - 700 北ブラバント美術館、's- Hertogenbosch

(* 長野一隆氏メールより。写真画像クリックで原寸表示されます。)

添付1:聖ジャン大聖堂

添付2:北ブラバント美術館正面

添付3:ヤン・マンディン作
「聖アントニウスの誘惑」

添付4:ダフィット・テニールス父作
「鍛冶屋でのヴィーナス」
国立西洋美術館蔵

添付5:ダフィット・テニールス子作
「春」

添付6:ダフィット・テニールス子作
「夏」

添付10:北ブラバント美術館内

次の町はセルトーヘンボス。オランダ南部に位置するブラバント州の首都で、中世の面影を残した街の一つ。小さな都市中心部の周りは運河で囲まれていて、レンガ造りの城壁や建物も残されています。

町の名前はオランダ語では「's-Hertogenbosch」と表記されますが、町名の最初が「’」で始まるというのは世界でも他に知りません。この名は「des Hertogen bosch(公爵の森)」の短縮形なのだとか。

この街の中心部にあるのが「北ブラバント美術館」。

駐車場から美術館へ歩く途中に街の歴史を物語るかのような1340年創建の聖ジャン大聖堂が荘厳なゴシック様式の姿を見せていました。

セルトーヘンボスは著名画家ヒエロニムス・ボスの出身地で「ボス」の名前は町名の最後の2文字から来ています。残存数の少ないボスの作品は残念ながらこの美術館にはありませんが、代わりにボスの追随者の作品は幾つかありました。

その中の一人、ヤン・マンディンは1500年頃ハールレムの生まれで、画家としてはアントワープが主戦場で1560年、同地で没しています。当時大変人気の高かったヒエロニムス・ボスの追随者で、ボス作品の模倣や複製画の作製で成功しました。

この「聖アントニウスの誘惑」では聖アントニウスは廃墟に跪いて祈っています。彼は鑑賞者を見ながら礼拝堂の十字架を指さしています。

様々な種類の人物とモンスターが彼を取り囲み、建物は背景で燃えており、モンスターが空を飛んでいます。まさに怪奇と幻想のボスの世界の再現です。

前回触れたアドリアーン・ブラウエルの強い影響を受けた同時代の風俗画家ダフィット・テニールス子(または2世)の作品が5点もありました。

ダフィット・テニールス子は同名の父親が画家だったために必ず「子(2世)」と表示されていますが、父親の絵が展示されているのを観ることはまずありません。その僅かな例外の一つが日本の国立西洋美術館にある「鍛冶屋でのヴィーナス」。

実はダフィット・テニールス子の息子や孫も同名で彼らも画家になっていますが、私の記憶では3世や4世の絵画を観たことはありません。

それに反してダフィット・テニールス子の作品は世界中の美術館でよくみかけます。彼は1610年アントワープの生まれで、父親の下で修業し、ルーベンスを立会人としてヤン・ブリューゲル父の娘と結婚し、義父の細密な画風の影響も受けています。

1647年総督宮廷に職を得、1651年にはブリュッセルに移住し、宮廷画家として務める傍ら、美術愛好家だった主君の収集品の管理者ともなっています。1690年、ブリュッセルで没。

長寿だったこともあり、2000点以上の油彩画を残しており、農民の野外での活動や祭り、祝賀の様子、酒屋や台所の風景など風俗画が主ですが、他にも宗教画や寓意画、風刺画、肖像画など多くの作品があります。

この美術館にはダフィット・テニールス子としては珍しいシリーズ物の作品、四季があり、春夏秋冬が揃っていますがその内、「春」と「夏」を添付しましょう。

「春」は特別思い入れのある作品らしく、画中には彼の所領だった領地の前に立つ本人と再婚した妻イザベラと彼らの子供たちを前面に、背景に5月柱の周りで踊り戯れる人々や、立派な庭園で作業する使用人たちを描き出しています。

「夏」では羊の毛を刈ったり小麦の刈り取りをする農民たちの様子を描いています。

セルトーヘンボス生まれでオランダ近代絵画を代表する画家ヤン・スライテルス作品は17点も展示されていました。流石地元の画家です。

彼は1881年生まれのオランダのさまざまなポスト印象派運動の先駆者で、フォーヴィスムやキュビスムを含むいくつかのスタイルを試し、最終的にカラフルな表現主義に落ち着きました。

風景や街並みに加えて、スライテルスは多くの肖像画を描きました。特に女性の肖像画で最もよく知られていますが、子供や有色人種も描いています。

1911年からアムステルダムに居住し、第一次大戦後は急速に有名になり、数多くの展覧会が彼のために開かれ、60歳の誕生日にはアムステルダム市立美術館がヤン・スライテルス回顧展を大々的に開催する程でした。1957年死去。



(添付7:ヤン・スライテルス作「グラジウム」1912年、添付8:ヤン・スライテルス作「キュビスム風女性像」1914年、および 添付9:ヤン・スライテルス作「ヘルマナ・ハイマンスの肖像」1927年は著作権上の理由により割愛しました。
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