実は前回のボイマンス・ファン・ベーニンゲン美術館は2019年5月26日より改修工事の為、長期閉館中で再開館は2029年の予定なのです。
隣に建つ「ボイマンス・ファン・ベーニンゲン美術館格納庫」が、その代りに世界初の一般公開された美術品保管施設として所有全作品を公開しています。
2021年開館のこの建物を見て驚嘆しない人はいないでしょう。
ロッテルダムを拠点とする建築家集団MVRDVのデザイン目的は、どの面からも訪れる人を歓迎することで、そのため、建物には背面がなく、どの面からも同じように魅力的に見えるよう、卵形のフォルムが選ばれました。
目を引く1,664枚のパネルに分割された6,609m²の反射板は、この建物が周囲の環境と視覚的に一体化することを意図しており、天候によって、毎日違った表情を見せます。
内部には階段が交差するアトリウムがあり、約35mの高さにある屋上には「森林」があり、ここからロッテルダム市街の眺望が楽しめます。
来場者は美術品鑑賞と共に、それぞれの美術作品の保護、復元、輸送、研究など、美術館の舞台裏の活動を直接に見ることができるしかけになっています。
建物といい、内部機能といい、こんな「美術館」は世界に二つとありません。
ボイマンス・ファン・ベーニンゲン美術館の15万点余りの所蔵品の中から前回カバーできなかった数点を採り上げてみましょう。
最初はアドリアーン・ブラウエルの「居酒屋にて」。
アドリアーン・ブラウエルは1605年フランドルで生まれ、フランス・ハルスの弟子。フランドルとオランダで活動し、居酒屋で大半の時を過ごしたと言われています。
ブラウエルの作品はほとんどが小品で、ほぼ例外なく居酒屋や農家で行われる喧嘩やダンス、カード プレーヤー、喫煙者、飲酒者などを描きました。人間の感情を探るための手段として乱痴気騒ぎ、酔っぱらい、愚かさを、五感に基づく痛みと恐怖、諦念とともに描いたのです。
人間の表情を描こうとした独自のスタイルは、当時から高く評価され、あのルーベンスは17点、レンブラントも6点、彼らの勉学のためと鑑賞用にブラウエルの作品を所有していたのです。
当時のオランダの風俗画の第一人者として人気は高かったのですが、金銭トラブルも絶えなかったようで、32歳という若さでこの世を去りました。豪放磊落な人生だったようです。
ブラウエルの1歳年下のレンブラントの「書見台のティトゥス」も佳品です。
次々と子供を失ったレンブラントは、事実上の1人息子ティトゥスの成長を親の目と画家の目で描き続けました。しかし、この息子も親に先立ち夭折してしまいます。
これまではオールド・マスター作品ばかりを紹介して来ましたが、ボイマンス・ファン・ベーニンゲン美術館には近代の傑作も多くあります。
ゴッホの「アルマンド・ルーランの肖像」は、ゴッホがアルルに滞在中の絵で、郵便配達人のルーランとその家族を何枚か描いた内の一つです。
アルマンドは当時17歳ですが、髭をたくわえる伝統がある一家のようで、ゴッホの肖像画には珍しく、沈んで憂鬱そうな表情ですが、青春のそういう瞬間をとらえた絵なのでしょう。
カンディンスキーの「騎士」は彼が世界初の抽象画を描いた1年後の1911年の作ですが、この絵では具象的な部分も多く、移行期の作品と言えるでしょう。
カンディンスキーはこの年マルクと芸術家サークル「青騎士」を立ち上げており、騎士に関心が深かったことを思わせます。