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美術館訪問記 - 698 ボイマンス・ファン・ベーニンゲン美術館、Rotterdam

(* 長野一隆氏メールより。写真画像クリックで原寸表示されます。)

添付1:ボイマンス・ファン・ベーニンゲン美術館

添付2:ヤン・ファン・エイク作
「キリストの墓での3人のマリア」

添付3:ドメニコ・ギルランダイオ作
「キリスト降誕」

添付4:ヒエロニムス・ボス作
「放蕩息子」

添付5:ルーカス・ファン・レイデン作
「ヨセフの服を見せるポティファルの妻」

添付6:ピーテル・ブリューゲル父作
「バベルの塔」

添付7:ピーテル・ブリューゲル父作
「バベルの塔」 ウィーン美術史美術館蔵

添付8:カレル・ファブリティウス作
「自画像」

添付9:ハン・ファン・メーヘレン作
「エマオの食事」

添付10:ボイマンス・ファン・ベーニンゲン美術館内

次のオランダの町はロッテルダム。ハーグとドルドレヒトの中間に位置するアムステルダムに次ぐオランダ第2の大都市で人口59万人足らず。前回のマース川やライン川などが北海へ注ぐデルタ地帯に発達した港湾都市です。

この街の中心近くにあるのが「ボイマンス・ファン・ベーニンゲン美術館」。

1841年に弁護士ボイマンスが寄付した作品を核とする美術館として1849年開館。第二次大戦中のドイツによる空爆からも運よく逃れ、1958年に実業家ファン・ベーニンゲンの収集品が加わり、現在の美術館名となりました。

私が2度目に訪館した2005年にはダリの特別展を大々的に開催中で、絵画、彫刻、オブジェ、映画、写真、ファッション、ジュエリーなどダリが係わったあらゆる分野の作品を展示中。ダリに関する上映中の映画のスクリーンだけでも5面もありました。

大都市ロッテルダムの200年間の富の結晶が集結しているだけに常設展の展示品も豪華絢爛。オランダではここだけで観られるヤン・ファン・エイクとドメニコ・ギルランダイオ、ピーテル・ブリューゲル父、バルテュスを始めヒエロニモス・ボス4点、カレル・ファブリティウス、ベッカフーミなどが揃い、これだけの重量級を全て所持する美術館は世界でもここだけです。

ヤン・ファン・エイクの「キリストの墓での3人のマリア」はオランダで最も重要な15世紀のフランドル絵画と呼ばれます。光と影の表現と美しい風景描写は、エイクが15世紀初頭に絵画にもたらした革命を示しています。

この主題も多く描かれていますが、「3人のマリア」は、マタイの福音書では「マグダラのマリアともう一人のマリア」、マルコでは「マグダラのマリア、ヤコブの母マリアとサロメ」の名が記されており、ルカでは「マグダラのマリア、ヤコブの母マリアとヨハナ、さらに一緒にいた婦人たち」と人数が増えています。そしてヨハネでは、マグダラのマリアだけが墓に行ったと記されています。

つまり福音書毎に記述が異なるのですが、それでは不便なのでマグダラのマリアに代表される婦人たちという意味で「3人のマリア」と呼ぶことになったのでしょう。前にも書きましたように絵のタイトルが付けられるようになったのは18世紀以降。

ドメニコ・ギルランダイオは私の好きな画家の一人で、1449年フィレンツェに生まれ、当代一の人気を誇り、大工房を設けて重要な注文を次々とこなし、フィレンツェとその周辺には彼の作品が数多く残っています。

この絵は工房の手もかなり入っているようですが、それでもドメニコ・ギルランダイオに接せられるだけで幸福感を感じるから妙です。

ヒエロニムス・ボスは4作も所蔵していますが、その中では彼の作品でも類例のない「放蕩息子」を添付しましょう。放蕩息子については第500回を参照願います。

既に初老にさしかかったような放蕩息子は後ろに見える娼館から追い出され、犬にも吠えられ、いよいよ行き場のない切羽詰まった状況のようです。

前々回触れたルーカス・ファン・レイデンの「ヨセフの服を見せるポティファルの妻」がありました。

これは創世記中の話でポティファルの妻は召使ヨセフを性的に誘惑するのですが拒絶され、怒り心頭の彼女は夫にヨセフに凌辱されたと訴え、証拠としてヨセフが現場に脱ぎ忘れて行ったという上着を見せるのです。後にヨセフの嫌疑は晴れ、高位に就くことになります。画中背景ではヨセフが刑務所に連行されています。

ピーテル・ブリューゲル父の「バベルの塔」も見逃せません。

あれ、どこかおかしいと思ったあなた、さすがです。

実はブリューゲル父の「バベルの塔」はもう1作あり、ウィーン美術史美術館が所蔵していますが、一般的にはそちらの方が有名でよく参照されており、サイズもウィーンの方が倍近く大きく、色彩も明るいので目立ちます。

この美術館所有の方はサイズは小さいながら、より緻密に描かれており、制作年もウィーンの5年程後で、ブリューゲル父の経験と知見がより反映されているのです。

「バベルの塔」は創世記中の挿話で、人々は天にも届く塔を建てようとしたので,その高慢に怒った神は,言語を混乱させ,建設を失敗させたといいます。これに基づき、空想的で実現不可能な計画の比喩としても用いられます。

第683回で詳述したカレル・ファブリティウスの自画像がありました。前にも書きましたように彼の作品は10 点ほどしか残っていないので貴重です。

フェルメール好きが見逃せないのがハン・ファン・メーヘレンの「エマオの食事」。この絵は反面教師としてこの美術館に展示されているのです。

1937年、フェルメールが評判となっていた最中に、長年探し求められていたフェルメールの宗教画が発見されました。

フェルメールはキャリア初期に宗教画を2点残して以降、そこからは2点の風景画以外すべて風俗画を描いています。つまり宗教画以降風俗画に移行した時期の作品がある筈だと考えられ、この「エマオの食事」がまさに相当すると見做されます。

この絵の鑑定を依頼されたのが、第686回で触れたオランダ美術の権威者で、マウリッツハイス美術館の館長にもなったアブラハム・ブレディウス。

恐らくミッシングリンクを発見したいという研究者としての欲が、鑑定の厳密性に勝ったのでしょうが、そこがメーヘレンの狙い目だったのです。

ブレディウスの本物だというお墨付きを得て、他の専門家たちにも反対意見は無く、ボイマンス美術館は高額で購入してしまったのでした。

では、なぜ贋作と判明したのか。

1945年、ナチス・ドイツの高官たちにフェルメール作とされていた「キリストと悔恨の女」などの絵画を売ったことが、オランダの国有財産をナチスに売り渡したという罪でメーヘレンが逮捕、起訴されたのです。

メーヘレンは黙秘を貫いていたものの、ナチス協力者およびオランダ文化財の略奪者として長期の懲役刑を求刑されます。そこで彼は、「きみたちは私がフェルメール作品をナチスに売ったと思っている。それは馬鹿げた思い違いだ。フェルメール作品なんてなかった。あれは私が描いた絵なんだ」と告白します。

ドイツの協力者と思われるより、贋作者と名乗ることの方が罪が軽いと思っての行動でした。彼は、証拠として関係者の面前でフェルメール風の絵を描いてみせ、さらに彼が売りさばいた絵画に対して最新の鑑定が行われた結果、それらが彼の手による贋作であることが証明されたのでした。

メーヘレンの評判は「オランダの国宝を売った裏切り者」から一転、「ナチス・ドイツを騙し、フェルメールを守った」と評され、一躍英雄になります。

画家としては有名になれなかったメーヘレンですが、その名は「20世紀最大の贋作事件の主人公」という形で残る事となったのでした。