次の町はアイントホーフェン。人口24万人余り、オランダ第5位の人口を擁するオランダ南部を代表する工業都市です。ここにあるのが「ファン・アッベ美術館」。
1936年開館の市立美術館で、町の大規模な葉巻製造業者で、美術愛好家あったアンリ・ファン・アッベが自分のコレクションと美術館建設資金、美術品購入資金を市に寄贈してできた美術館です。
戦後に任命されてきた歴代の館長たちが先駆的で積極的な取り組みを続けており、この美術館は世界的にも評価される現代美術館の地位を築き上げています。
赤レンガ造りで時計台のあるメルヘンチックな美術館。開館時間になっても正面入り口は閉まっていました。呼び鈴を押すとドアを開けてくれましたが、この入口は使用されてなく、実際の入口は反対側にあるとのことでした。
退館時にその反対側の入口から外に出て振り返ると、正面とは全く異なるいかにも現代美術館という雰囲気で、しかもオランダ語、英語と並んで日本語で「入口」と表示されているではありませんか。オランダでもここだけでしょう。
調べてみると、アイントホーフェン市は1967年、大阪府門真市と日蘭両国間の最初の姉妹都市提携を結んでいました。松下電器産業株式会社会長松下幸之助とアイントホーフェンに本社のあるフィリップス社社長が同じ電器産業同士で親しく、二人の斡旋で姉妹都市となったとのことで、日本との結びつきが強いようです。
建築家アベル・カーエンが設計した新館は2003年に増設されたとの事。
その新館の内部写真を添付しますが、左隅に見えるのはチャーリー・トーロップの「共同宿泊施設」。チャーリーはオランダでインディアンの血を引く著名画家ヤン・トーロップとイギリス人の母との間に1891年誕生。
幼少から音楽に非凡な才能を示しましたが、父と同じ画家の道に進み、1920年代にキュビスムと表現主義的な表現を模索します。
ゴッホを称賛していたチャーリーは、1922 年の夏をゴッホが以前住んで働いていた貧しいワロン鉱山地域で過ごしますが、そこで彼女は自分の絵に求めていたものを発見します。スタイルと主題が一致するシンプルで勤勉な人々を描くことでした。
1924年からオランダの西端にあるウェストカペッレ村に住み、農民、農場労働者、堤防労働者などを描いて過ごしました。チャーリー曰く、「人々は本物で純粋。そこでは、人々はまだお互いとも地球ともつながっていました」。
こうして彼女は、鋭く強調した線と色の激しいコントラストを特徴とする個性的でリアリスティックなスタイルを発達させていきました。
1928年に描かれたこの「共同宿泊施設」は、そこに集う素朴ながらも逞しく生きている人々を活写したもので、どことなくオランダで農民を描いていた頃のゴッホの絵を想起させるものがあります。
第242回で紹介した世界第2位のゴッホ・コレクションを誇るクレラー=ミュラー美術館が、68点ものチャーリー・トーロップ作品を所有しているのも、ゴッホを愛したクレラー=ミュラーがチャーリーにも似通うものを感じたからでしょう。
ファン・アッベ美術館には7点、チャーリー・トーロップ作品がありましたがもう1点、1945年の「自画像」」を添付しましょう。
チャーリーの息子エドガー・フェルンハウト、その息子のリック・フェルンハウトも画家になっています。
この美術館で驚かされたのはシャガールの「アポリネールへのオマージュ」。最初目にした時は、シャガールの作品とは全く思えず、知らない現代画家の作かと思い、何やら変わった図柄だなと見つめた後、作者名を見て驚いたのです。
1913年の作品でシャガールがロシアから出て来てパリのラ・リューシュ(蜂の巣)と呼ばれた集合住宅兼アトリエに住み、画家のレジェ、モディリアーニ、スーティン、詩人のアポリネールなど、多くの芸術家たちと交流をしていた頃のものです。
その当時のシャガールの手法は、パリで隆盛していたキュビスムを取り入れながら、独自の幻想的な世界を開拓しており、詩人アポリネールの高い評価を得ていました。
1911年、ラ・リューシュに友人たちを訪ねて来たアポリネールが、シャガールの「私と村」を見てすっかり驚いてしまい、余りにも現実離れしたこの絵の美しさを、アポリネールが「シュール・レアール(超現実的)」と表現した話は有名です。
シュルレアリスムが運動として展開するのは1920年代以降ですが、この言葉自体は、アポリネールによって、このシャガールの絵について、初めて発せられたのでした。
「アポリネールへのオマージュ」とあるように、この作品はきわめて象徴主義的なもので,中央に描かれたシャム双生児のような木彫りの人型は、アダムとイヴです。イヴは右手に林檎を持っています。アダムとイブは宗教の表象であり、生命の象徴でもあります。円は、永遠に刻み続けられる時間の象徴でしょう。
画面左下には矢で射ぬかれたハートがあり、その周囲には,アポリネールを初め、当時のシャガールと親交が深かった映画理論家カヌード、ドイツの表現主義画家ヴァルデン、スイスの小説家であり詩人センドラスの4人の人物の名が正方形状に並べられて書かれています。
アポリネールの親友だったピカソのキュビスムの絵と、ピカソが「永遠の子供」と讃嘆した同じスペイン出身の画家ミロの「綱のあるコンポジション」もありました。
(添付4:チャーリー・トーロップ作「共同宿泊施設」、添付5:チャーリー・トーロップ作「自画像」、添付6:シャガール作「アポリネールへのオマージュ」、添付7:シャガール作「私と村」 ニューヨーク近代美術館蔵 、添付8:ピカソ作「緑の女」および 添付9:ミロ作「綱のあるコンポジション」は著作権上の理由により割愛しました。
長野さんから直接メール配信を希望される方は、トップページ右上の「メール配信登録」をご利用下さい。管理人)