パノラマ・メスダフから北西に400m程の場所にあるのが「メスダフ・コレクション」。
前回は触れませんでしたが、ヘンドリック・ウィレム・メスダフは画家としては稀代の美術収集家で、自宅の隣にこの美術館を建て、彼のコレクションを展示して1887年、美術館として公開しています。
1903年、メスダフはこの美術館をコレクションもろとも国に寄贈。1911年までは自ら館長を務め、死後は自宅も収集した中国陶磁器などの美術品や家具共々、国へ遺贈。現在はメスダフとシーナのアトリエを含む自宅と庭園、美術館、全てがメスダフ・コレクションとして公開されています。
なお1991年からは同じ国立美術館であるアムステルダムのゴッホ美術館がメスダフ・コレクションも管理しています。
外観は平凡なオランダの家屋に見えますが、中に入って驚かされました。
まずメスダフの自宅の装飾が大富豪並みで、高価なタペストリーや中国製陶磁器、骨董価値の高そうな家具類で埋め尽くされています。19世紀の上流家庭の生活環境がそのまま保存されているのです。
どの部屋も大きなガラス窓越しに広々とした自宅の庭園と、その後ろにある国際裁判所の入居する美麗な平和宮が見渡せるようになっています。
一画家の住まいとしてはこれだけでも驚きですが、展示されているコレクションがまた凄い。コロー、ドービニー10点ずつを始めとしてテオドール・ルソーとクールベが5点ずつ、ミレー4点、ディアズ・ド・ラ・ペーニャ3点、ジュール・デュプレ、トロワイヨン、ドラクロワ、ドーミエ、サージェント、ブレトン、モンティセリ、マンチーニなど所蔵品総計299点もあるのです。
日本の美術館でこれだけのコレクションに対抗できるところはありませんし、バルビゾン派ということに限れば、世界でも数少ない。
このようなコレクションが日本でほとんど知られていないのはもったいない。「メスダフ・コレクション」や「メスダフ美術館」で検索しても結果として出てくるのは観光地化しているパノラマ・メスダフばかり。
尤もメスダフ・コレクションの開館日が金土日曜日だけに限られていることも影響しているでしょう。これでは観光コースには組み入れ難い。私の滞在中他の客はオランダ人らしい一組のみでした。
美術館の展示室も堂々たるもので、世界の一流美術館と比較しても全く引けを取りません。
添付の展示室中央に架かっているのはミレーの「ハガルとイシュマエル」。
旧約聖書中の挿話で、アブラハムの妻サラには子供が出来ず、サラは自分の女奴隷ハガルによって、アブラハムが子孫を残せるよう夫に頼み、ハガルはイシュマエルを産みます。
後にサラが息子イサクをを産み、アブラハムはハガルとその子供を荒野に放出することになり、ミレーは、イシュマエルが喉の渇きで死ぬのを見る痛みに耐えられず、息子から背を向けたハガルを描きました。ミレーは人物にすべての注意を集中させ、それによって物語の本質、つまり人間の苦しみを伝えようとしたのでしょう。
この絵は1848年政府の依頼で描き始めたものですが、ミレーは、バルビゾンの田舎に旅立ったためか、絵を完成させることはありませんでした。1849年6月、彼は家族とそこに定住し、農民の生活場面や風景を描くのです。
いかにもコローらしい「日没」や壮年期のクールベの「自画像」に混じってローレンス・アルマ=タデマの「我が家の一角」という彼の二人の娘たちを描いた微笑ましい作品がありました。
第171回で詳述したローレンス・アルマ=タデマはメスダフの又従兄でメスダフに生涯の師となる画家を紹介した人物でもあるのです。
ローレンス・アルマ=タデマが妻を亡くし、二人の娘を抱えて絵が描けなくなり気晴らしで渡ったイギリスで一目ぼれして結婚した画学生ローラ・エップスの妹の画家エレン・エップスが同じ二人を描いた同時期の作品もありました。
ヘンドリック・ウィレム・メスダフ自身の作品も5点展示されていましたが、妻のシーナの描いたヘンドリックの肖像画を添付しておきましょう。これは1888年に描かれたものを1904年加筆したものだそうです。