前回でベルギーを終え、隣国のオランダABC順に移りましょう。
まず最初の都市はアムステルダム。オランダの首都でこれまでレンブラントの家博物館とゴッホ美術館をカバーして来ています。
運河の街で、その運河に偉容を映して佇むのが「アムステルダム国立美術館」。オランダ最大の巨大美術館ですから2回に分けて記述しましょう。
現在の建物は1885年開館のネオ・ゴシックとネオ・ルネサンス様式を組み合わせたピエール・カイパースの設計で、よく似たアムステルダム中央駅も彼の作。左右二つの塔を持ち、白い切り石でアクセントをつけた煉瓦のファサードが美しい。
ここもルーヴルやエルミタージュ美術館同様、観光地化していて混み合うので、できれば9時の開館少し前に来て、入館すると直ぐ3階奥のレンブラントの「夜警」の部屋に進むことをお勧めします。
この美術館の核となる17世紀オランダ絵画黄金期の主要作品はこの部屋の近くに集められています。混雑してくる10時くらいまではゆっくり鑑賞できるでしょう。
「夜警」はレンブラントの作品のなかで最大であり、彼の最も有名な作品です。この作品のタイトルは18世紀以降に付けられ、画面を保護するために塗られていたニスが黒ずみ、夜の光景に見えたことから「夜警」となったといわれています。
20世紀に入り、二度の洗浄作業でニスが取り除かれた際、絵は明るみを取り戻し、実際は昼間、バニング・コック隊長率いる火縄銃組合の人々が出撃の準備を整えているという、画家の想像力によって構想された架空の情景なのです。
この絵を発注した隊員たちが、支払った額と同じ様な平等さで各人を描かなかったレンブラントに不満を持ち、これが「夜警」以後の受注減やレンブラントの人生の転落の始まりになったという説をまことしやかに書いた本もありますが、これはデマで、不評を裏付ける証拠は全くなく、レンブラントに発注した18人の名は中央右後方の盾に描かれていて、顔だけしか見えないような人物はつけたしで、代金を支払った18人はしっかり描かれているのです。
この絵が1715年、それまで掲げられていた火縄銃手組合集会所のホールから、ダム広場のアムステルダム市役所に移された際、市役所の部屋の二本の柱の間に絵がきちんと納まるように上下左右が切り詰められてしまったのも一因でしょう。
なぜそう言えるのかというと、1650年頃のヘリット・ルンデンスという画家による模写が近くの壁に展示されており、これから元の状態を推測することができるからなのです。添付のルンデンスの模写にカット線を入れてあります。
レンブラントを崇拝していたゴッホが、「この絵を2週間見続けることができるなら、10年寿命が縮んでも惜しくない」と言ったという逸話が残されているレンブラントの「イサクとリベカ」が近くにあります。
愛と優しさに満ちたこの絵は、観るものを幸福な気持ちにしてくれます。晩年期のレンブラント作品の特徴であるやや大雑把で平坦に描かれる画面の形態と、画家の作品で最もよく使用される色彩の組み合わせのひとつである赤色と金色による場面描写によって、本場面を厳粛でありながら極めて親密で、詩情性に富んだものへと昇華させています。
あまり表現されない主題であり、レンブラント独特の謎めいた秘密的な印象から、キリスト教圏外の国の儀式を描いたものであると考えられたことからかつては「ユダヤの花嫁」と呼ばれていました。
オランダ人画家としてレンブラントと人気を二分するフェルメールの作品も4点あります。そのうちフェルメール作としては2点しか現存しない風景画1点とあまりにもよく知られた「牛乳を注ぐ女」を採り上げましょう。
「少路」として知られる絵の家並みは、まるでフェルメールが自宅の窓から見えるままを描いたようですが、デルフトにはこういう場所は存在せず、時代の変化を考慮しても、空想上の景色だと考えられています。
しかしこの絵は景色としての説得力があり、19世紀になって「生命を得た写真」と称されたほど的確な描写です。
「生命を得た写真」という表現は「牛乳を注ぐ女」にもそのまま当てはまり、全神経を集中しながら牛乳を注ぐ女性の緊張と、柔らかな陽射しを浴びたのどけさが、現場に居合わせているかのように伝わってきます。
人物や事物を浮かび上がらせる光の効果は見事であり、パンやバスケットの上で光は小さな絵具の斑点で示されているのです。あらゆる細部が入念に仕上げられており、写真では見えないかもしれませんが、壁に見られる釘穴や釘が、それらの影もそのままに描かれているのには感嘆に値します。
レンブラント、フェルメールと並び称されるフランス・ハルスの力量が遺憾なく発揮された「陽気な酒飲み」が右手を上げて歓迎してくれています。その勢いで少しバランスを崩したようにやや傾いて左手のグラスの中の液体はグラスの中で波打っています。
ハルスはまず全体の形を描いて、生乾きの状態のその上にいくつもの筆致を重ねていったと言われます。これは絵具の層を重ねていく一般的だった技法とは非常に異なり、名人芸とでもいうべきハルスの手腕によって、モデルに生き生きとした存在感が与えられています。
17世紀のオランダに生きた普通の人物が、永遠の生命を獲得し、我々の心の中にその忘れがたい面影を残すことになったのです。
3階にはオランダの画家ばかりではなく、外国人画家の作品も展示されています。
ルーベンスやヴァン・ダイク、エル・グレコ、ゴヤなどが並ぶ中でフェルメールの200年以上前ながら彼同様ウルトラマリンブルーの使用で知られるフラ・アンジェリコの「謙譲の聖母」が目を惹きました。
聖母子が玉座ではなく地面に座りくつろいだ姿勢の図像を、「謙譲の聖母」と呼びますが、聖母が白百合を右手に持ち、幼子キリストを左手で抱いて坐っています。聖母の纏う衣の薄青色の清らかさ、全体の金地の艶やかさ、観ているだけで幸せになる、素晴しい佳品です。
カルロ・クリヴェッリの最高傑作とも言える「マグダラのマリア」もあります。マグダラのマリアは聖書には明確に書かれていないものの一般的には娼婦とされ、回心してキリストの最も信頼の厚い弟子の一人になった女性です。
美麗に飾り、長い金髪を垂らし、キリストの足に香油を塗ったことから、手に香油壺を持つ姿で彼女を描くのを、芸術家たちは好みました。
クリヴェッリの絵は一目見れば彼の作と判る、高貴なエロティシズムとでも言うべき独特な物がありますが、中でもこの作品は忘れられない趣を湛えています。