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美術館訪問記 - 673 ボヴリ博物館、Liege

(* 長野一隆氏メールより。写真画像クリックで原寸表示されます。)

添付1:ボヴリ博物館正面

添付2:ボヴリ博物館内部

添付4:ゴーギャン作
「ヒヴァ・オア島の魔法使い」

添付7:アルフレッド・ステヴァンス作
「着物姿のパリジェンヌ」

添付8:アントワーヌ・ヴィールツ作
「化粧するロジーヌ」

添付9:アンソール作
「仮面と死」

次の町はリエージュ。オランダ、ドイツとの国境に近く、マース川が貫通する、人口20万人足らずのベルギー第5の都市です。

マース川の、バス停が14もある、大きな中州の南端がボヴリ公園となっていて、その公園の中ほどに位置するのが「ボヴリ博物館」。

以前あった近現代美術館とワロン美術館などを統合して2016年に開館した平屋の美しい白亜の博物館です。

中身も充実しており、ベルギーの近代画家は勿論、フランスで活躍した著名画家たちの作品も数が揃っていました。

先ず目に付いたのはピカソの「ソレル一家」。彼の青の時代の作品ですが、あらかじめ知っていなければ、一目見てピカソ作だとわかる人は少ないでしょう。

ソレルはピカソのバルセロナでの友人で、パトロンとしてピカソを支援し、経済的援助を行っていました。そのいわば代償として注文されたのがこの絵です。

この絵は写真をもとに微妙に人物の配置や小道具の位置を変えて作製されています。描かれた家族がどこか堅苦しく、ピカソらしい伸びやかさに欠けるのは、おそらく写真中の人物を写し取って描いているためもあるでしょう。

ゴーギャン最晩年の「ヒヴァ・オア島の魔法使い」は島で行われる儀式を司る魔術師パプニアを描いたもので、人物などが配される画面左側と動物達が配される右下、そして遠景として描かれる森林には比較的強い光彩が用いられており、中景の灰褐色で表現される小川が光によって鈍く輝いています。

ゴーギャンの空想性と夢遊性に溢れた光と色彩の表現が際立っている作品です。

シャガールの「青い家」は鮮烈な印象をもたらしてくれます。

実はこれらピカソ、ゴーギャン、シャガール作品は1939年6月30日、スイスのルツェルンで開かれたナチス主催の「退廃芸術作品オークション」でリエージュ市が競り落としたものなのでした。このような傑作を退廃芸術としてナチスから没収されたドイツ国内の美術館の悔しさは察して余りあります。

ドンゲンの「ヴァイオリニスト」も印象的な作品。キース・ヴァン・ドンゲンは何度も名前を出しながらまだ説明していませんでした。

彼は1877年オランダに生まれ、ロッテルダムの美術アカデミーに学びながら、20歳の頃に初めてパリに数カ月滞在します。その2年後にモンマルトルに移り住み、アトリエを構えました。

やがて濃密で表情豊かな強烈ともいえる色彩でフォーヴィスムの画家たちの一員となります。短期間の流行に過ぎなかったフォーヴィスムですが、仲間たちが別の道へ進んでいく中でもヴァン・ドンゲンは強い色彩への追求を続け、ピカソや表現主義の画家らと交流を深めつつ独自の画風で評価を高めていきました。

第一次大戦後、ドンゲンは肖像画家として高く評価されるようになります。彼ならではのスタイルの華奢で細長くデフォルメされたしなやかな人物像は、ごく洗練された色彩で表現され、上流階級の人々から絶大な人気を博したのです。

なかでも女性を描く場合の身体の優美さや官能性を訴える画面は、華麗な色調でありながら、詩情を醸しており、ドンゲンの代名詞なっています。

キース・ヴァン・ドンゲン曰く「絵画は最も美しい嘘です」。

晩年はモナコに住み、1968年同地で死去。

ベルギー人画家達の作品も優れたものが多くて選択に迷いますが、アルフレッド・ステヴァンスの「着物姿のパリジェンヌ」、アントワーヌ・ヴィールツの「化粧するロジーヌ」、退廃芸術オークションで購入されたアンソールの「仮面と死」を添付しましょう。



(添付3:ピカソ作「ソレル一家」、添付5:シャガール作「青い家」および 添付6:ドンゲン作「ヴァイオリニスト」 は著作権上の理由により割愛しました。
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