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美術館訪問記 - 668 ヴァン・ビューレン美術館、Bruxelles

(* 長野一隆氏メールより。写真画像クリックで原寸表示されます。)

添付1:ヴァン・ビューレン美術館正面

添付2:玄関ホールのシャンデリア

添付3:応接間

添付4:「イカロスの墜落のある風景」

添付5:「イカロスの墜落のある風景」ベルギー王立美術館蔵

添付6:グスターフ・ファン・ド・ウーステイン作
「子供たちの食卓」

添付8:応接間から見た庭園

添付9:ハートの庭

前回のオルタ美術館から南に1500mも行くとあるのが「ヴァン・ビューレン美術館」。

銀行家として財を築いたヴァン・ビューレン夫妻。ダヴィッドとアリスの2人が住んだ邸宅には、1930年頃の裕福な市民の暮らしを今に伝えています。

高級住宅地に1928年に立てられたこの建物は時代を反映してか徹底したアール・デコ様式。照明や家具、食器類、タピストリー、絨毯など、部屋の隅々まで徹底したアール・デコの装飾で統一されています。

アール・デコとは、1925年パリで開かれた現代装飾・工業美術国際展の略称「アール・デコ博」が由来となり、「1925年様式」とも言われます。

アール・デコの特徴は「装飾性の高さ」と「機械で大量生産できるデザイン」の調和。幾何学図形をモチーフにした記号的表現や、原色による対比表現にあります。

富裕層向けの一点制作のものが中心となったアール・ヌーヴォーのデザインに対し、一点ものも多かったものの、大量生産とデザインの調和をも取ろうとしたのでした。

入るとこの家で暮らしていたヴァン・ビューレン夫妻の無声映画をまず観ます。

2人と家の歴史がわかりやすくユーモラスに描かれているので、言語に関係なく短時間に子供でも理解できるようになっています。誰が考えたのか知りませんが、他でも真似て欲しいものです。

これとは別にビューレン夫妻や邸宅、コレクションに関する説明が書かれた8頁の文書も貸してくれます。ベルギーでは珍しく日本語もありました。

玄関ホールのシャンデリアはガラスペーストとブロンズ製ですが、花と幾何学模様のパターンで装飾されていて、後ろの美しく輝くステンドグラスとともにアール・デコの洗礼となっています。

玄関ホールから応接間へ。ここで目立つのは「イカロスの墜落のある風景」。オーク材に描かれ、ピーテル・ブリューゲル父作で、当時の王立美術館館長の本物だというお墨付きを信じて1953年、ダヴィッドが購入したものです。

イカロスはギリシャ神話にでてくる青年で、父ダイダロスが蝋で固めた羽根で作った翼で、空を飛ぶことに成功するのですが、父の忠告を忘れ太陽に近づき過ぎ蝋が溶けて、海に墜落して溺れてしまうのです。

この絵でいえば、父ダイダロスが空に浮いているのに対し、イカロスは右側船の下側の水面に足を出しています。イカロスの墜落と題しながら、画面の大部分を占めるのは主題には無関係の前景の農夫と旅人というのも何やらおかしい。

「イカロスの墜落のある風景」はベルギー王立美術館が1912年に購入したキャンバス版もあり、長い間、両作の真偽について論争がありました。

最近の技術的調査により、両作ともピーテル・ブリューゲル父の真作とは証明できない。ただし王立美術館の作はピーテル・ブリューゲル子の可能性はあるのに対しヴァン・ビューレン美術館の作は父、子両方とも可能性は全くないとなっています。

邸宅には応接間に敷かれたアール・デコ調の絨毯やデルフト焼きの陶磁器を始め、支援していたベルギー表現主義の画家、グスターフ・ファン・ド・ウーステイン(1881-1947)の作品が32点も展示されていました。

ヴァン・ビューレンの個人的友人だったという藤田嗣治の小品「愛の天使」もあります。

窓外には1.5ヘクタール(約4500坪)もの広い庭園が広がり、その中には夫に先立たれたアリスが、夫を想い続けるために考案したハートの庭もありました。



(添付7:藤田嗣治作「愛の天使」は著作権上の理由により割愛しました。
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