「マグリット美術館」は2009年の開館でベルギー王立美術館本館に隣接する建物に入っている独立した美術館。以前はベルギー王立美術館の別館でした。
本館から地下2階にあるシュールな地下道を通ってマグリット美術館の地下1階に辿り着き、ここからエレベーターで4階に上がり、1階まで年代順に展示された作品を鑑賞しながら降りて行きます。
ルネ・マグリットは1898年、ベルギーの西部の町レシーヌで仕立て屋の長男として生を受け、11歳で絵画教室に通い、素描や油彩画を学び始めます。
1912年に母が原因不明の入水自殺をとげるという事件があり、遺体が発見された際、ドレスが母の顔に覆いかぶさっていた光景にマグリットは強いショックを受け、マグリット作品で顔が隠されている物が多いのはこの時のトラウマともいわれます。
その後ブリュッセルの美術学校で学び、22歳で卒業後は壁紙やポスターのデザインの職に就き、1922年に幼馴染と結婚します。
この年、ジョルジョ・デ・キリコの作品「愛の歌」の複製を見たマグリットは感涙に咽び「人生最大の感動だ。わが眼が思想を初めて目にした」と記しています。これがきっかけでシュルレアリスムの道を進んでいくのでした。
1926年にブリュッセルの画廊と契約できて画業に専念しますが、翌年の個展が散々の不評で失望した彼はパリに出て行き、ダリやキリコ、ミロ、ピカソ、エルンストといったシュルレアリストたちと交友します。
この時期は、この芸術運動が形を整え、盛んになっていた時期でもありました。しかし、マグリットはシュルレアリスム運動の理論的指導者、ブルトンとはうまが合わず、1930年ブリュッセルへ戻り、経済恐慌の影響で画廊との契約が終了し、生活のために弟とともに広告など商業デザインの仕事も再開します。
その後は第144回のマグリット博物館で詳述したようにブリュッセル郊外のアパートの一角に住み、キッチン兼食堂で絵を描き、芸術家にありがちな波乱や奇行とは無縁の平凡な暮らしを送るのでした。
1950年以降、世に認められるようになり、1954年発表の「光の帝国」が高値で売れ、邸宅を購入し、穏やかな晩年を過ごして1967年永眠。
「光の帝国」のように彼は写実的に描いた身の回りにある日常的な事物を、現実にはありえない組合わせや、超自然的な状況に設定して絵を描きました。
これらの作品は、シュルレアリスムの代表的手法であるデペイズマンと呼ばれる「思いがけないものの出会い」の持つ効果を見事に表現しています。
彼の作品はのちのポップ・アートの作家たちに大きな影響を与えます。
この美術館にはマグリット作品が200点以上展示されていますが、その内数点を年代順に観てみましょう。
「秘密の遊戯者」はパリに出てシュルレアリストたちと触れた後の作品で、聳え立つ巨大な柱、謎の女性、顔のない黒い亀など後にもよく使われるモチーフが登場して来ています。
「帰還」はナチスのベルギー占領を逃れて一時的にパリに住んでいた時のもので平和のシンボルである鳩と新しい生命を象徴する卵がデペイズマンを使用しながら抑圧された時代からの希望として描かれているかのようです。
「収穫」はブリュッセルに戻った彼がナチス占領下でシュルレアリスムから離れ、印象派、なかでもルノワールに影響を受けた作品を制作している時期の作品で、「ルノワールの時代」と呼ばれますが、不評で短命に終わりました。
「光の帝国」はマグリットの最高傑作と考えられ複数描かれました。
マグリット曰く、「光の帝国の中に、私は相違するイメージを再現した。つまり夜の風景と白昼の空だ。風景は夜を起想させ、空は昼を起想させる。昼と夜の共存が、私たちを驚かせ魅惑する力をもつのだと思われる。この力を、私は詩と呼ぶのだ。私はいつも夜と昼へ関心をもっていたが、決してどちらか一方を好むということはなかったからである」
2005年にベルギーのテレビ局とラジオ局が共同で「最も偉大なベルギー人100人」という調査を実行。ベルギーはブリュッセル以北のオランダ語を公用語とするフランドル地区と以南のフランス語を公用語とするワロン地区に分かれています。
フランス語圏の調査ではマグリットが堂々の8位。画家としてはダントツでルーベンスが21位、デルヴォー55位、ピーテル・ブリューゲル父58位。
オランダ語語圏の調査でも18位に入っています。フランドルの画家だったルーベンスが9位、ピーテル・ブリューゲル父17位、アンソール25位でした。
(添付3:ルネ・マグリット作「恋人たち」 ニューヨーク近代美術館蔵、添付4:ルネ・マグリット作「マッチのポスター」、添付5:ジョルジョ・デ・キリコ作「愛の歌」 ニューヨーク近代美術館蔵 、添付6:ルネ・マグリット作「秘密の遊戯者」1927年、添付7:ルネ・マグリット作「帰還」1940年、添付8:ルネ・マグリット作「収穫」1943年 および 添付9:ルネ・マグリット作「光の帝国」1954年 は著作権上の理由により割愛しました。
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