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美術館訪問記-66 サンタ・マリア・デル・カルミネ教会

(* 長野一隆氏メールより。画像クリックで拡大表示されます。)

添付1:サンタ・マリア・デル・カルミネ教会正面

添付2:マザッチョ作
「楽園追放」

添付3:マザッチョ作
「貢の銭」

添付4:マゾリーノ作
「原罪」

添付5:フィリッピーノ・リッピ作
「聖ペテロの磔刑」

前回フィリッポ・リッピはカルミネ修道院のブランカッチ礼拝堂にある マザッチョの壁画をお手本に絵の勉強をしたと書きましたが、 実はこの壁画に学んだのはリッピだけではないのです。

これまで何度か引用したヴァザーリの芸術家列伝によると、後に名を成す画家達は 皆この礼拝堂に出かけ、マザッチョの壁画を模写したといいます。

名前の挙がった人達は、 レオナルド・ダ・ヴィンチ、レオナルドの師だったヴェロッキオ、 ラファエロ、ラファエロの師だったペルジーノ、 ミケランジェロ、ボッティチェッリ、フィリッポ・リッピ親子、 ギルランダイオ、アンドレア・デル・サルト、ポントルモ等25人にも上ります。

皆フィレンツェで活躍したことのある錚々たる画家達です。

このように後世に多大な影響を与え、ルネサンスの扉を開いたマザッチョは 本名トンマーゾ・ディ・セル・ジョヴァンニ・ディ・モーネ・カッサーイ。 マザッチョはトンマーゾのマーゾからきており、 イタリア語では身の回りに頓着しない者という意味があるようで、 天才に有り勝ちな集中すると他の事は目に入らないタイプだったようです。

マザッチョ(1401-1428)は享年27という短命でしたが、絵画史上に残る革新を 残しました。その第一は消失点を導入して絵画に透視図法を取り入れたことです。 透視図法はフィレンツェのサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂のクーポラを 完成させた建築家のブルネッレスキから受け継ぎました。

第二は第61回のドナテッロの記述でも触れた通り、ドナテッロの彫刻表現に学び 三次元的に見える人体表現を絵画に導入したことです。リアルな人物像にすべく 神や聖人を描く時も周りの人をモデルにして人間らしさを追求しました。 これにより人物の感情表現も豊かになりました。

このようにマザッチョは親しい友人だったブルネッレスキやドナテッロの知識を 吸収し、先行する建築や彫刻のルネサンスを絵画に取り込み、 それまでの平面的で様式的、無感情な絵画表現を、立体的で現実的、写実的に 生身の人間と背景を表出した全く新たな絵画空間を創造したのです。

そのマザッチョの記念碑的フレスコ壁画のあるブランカッチ礼拝堂は フィレンツェの「サンタ・マリア・デル・カルミネ教会」にあります。

ウフィツィ美術館や大聖堂のある市中心部とは アルノ川を挟んだ反対側に位置します。

今ではブランカッチ礼拝堂は教会から独立した美術館となっており、 参観するには予約が必要です。尤も参観者が少なければ予約なしでも入れます。

予約した10時丁度に受付の窓が開き、予約の紙を見せ入場券を買うと、 中へ入りガラスの戸の部屋に行ってくれと言います。 フレスコ画の残る中庭を横切り、言われた部屋に行くと、映画を見るかと言うので、 イエスと答えると、出て左の部屋に行ってくれ、10分で始まると言います。

部屋にはアレッサンドロ・アッローリの「最後の晩餐」が後ろの壁一杯に描かれ、 色も美しい。両側の壁にはその下絵であろう部分図が架かっています。

イヤホンをつけて前方に映される映画を見ます。イタリア語と英語のみ。 最初に1771年、教会の大部分を焼失した火事の状況を実況する場面から始まります。 模型を作って撮影したのでしょうが、気合が入っています。 その凝り具合は映像にも表れており、昔の街の絵と現実の街、下絵と実際の絵を、 部分オーバーラップさせながらの芸術作品。 主にマザッチョの天才を謳い、45分程で終了。

幸いブランカッチ礼拝堂は奇跡的に焼けなかったので、 現在我々が絵画史上に残る至宝を観られる訳です。 修復されているのでしょうが鮮やかな色彩で、革新絵画が眼前に迫ってきます。

この壁画の主題は聖ペテロにまつわる逸話で、実はマザッチョの先輩画家 マゾリーノが主体的に請け負ったとみられており、 壁画その物は二人が画面を分担して描いています。

上段の左側はマザッチョの「楽園追放」と「貢の銭」、 右側にマゾリーノの「タビタの蘇生」と「原罪」等が配されています。

しかし、下段は「自らの影で病人を癒す聖ペテロ」と 「アナニアの死と施しをする聖ペテロ」はマザッチョの手に成りますが、 それ以外の大部分はフィリッピーノ・リッピが描いているのです。

これは壁画が完成する前にマザッチョが死亡したり、 注文主のフェリーチェ・ブランカッチが失脚してフィレンツェを追放されたりして そのまま放置されていたのを、フィリッピーノ・リッピが マザッチョの死後56年後に未完成部分を補完して完成させたのです。

カルミネ教会の入り口はブランカッチ礼拝堂の入り口とは別で、 一旦外に出て、教会に入り直す必要があります。

内部はとても明るく、独特の静けさが漂っています。 天井のだまし絵、トロンプ・ルイユによる天井画が素晴らしい。 何処までが本当の建築空間で、何処からが描かれているものなのか判りません。

祭壇画としてはヴァザーリの「キリスト磔刑図」と ルカ・ジョルダーノの「聖アントニオ・コルシーニの栄光」がありました。

トロンプ・ルイユ:フランス語で眼をだますという意味。実物と見まがう絵。

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