前回の聖パウルス教会から南東へ300mも行くとあるのが「スナイデルスとロコックスの家」。
入口になっているのはアントワープ市長でルーベンスの友人だったニコラス・ロコックスの邸宅。古典的なフレミッシュ様式の建物で、1603年から1640年の間、彼と家族が住んだ家です。
彼の死後、邸宅は甥の手に渡り、ロコックスの遺言通り、直系が絶えた1715年、邸宅は売り出され、売上金は貧者救済に充てられました。
その時の購入者による改装で外観がルネサンス・スタイルになっています。
1970年に邸宅を買い取ったKBC銀行による改修工事により、隣に住んだ画家スナイデルスの家とも繋がり、2018年美術館として公開され、黄金時代の17世紀上流階級の優雅な邸宅と家具調度や彫像などを堪能できます。
ロコックスの財産記録をもとに再現された館内には、「ニコラス・ロコックスの肖像」をはじめルーベンス作品が多く飾られていました。
ルーベンスは8年間のイタリア滞在から帰郷した翌年の1609年、富豪の娘イザベラ・ブラントと結婚しますが、その後の彼の作品中の女性は彼女がモデルになっていることが多いと言われます。
1615年作の「眠る幼子キリストの前で祈る聖母マリア」の聖母もイザベラがモデルで、ふくよかな彼女の赤みがかった頬と容貌を見るとルーベンス作の類似女性の登場する絵画を思い浮かべる人も多いでしょう。
ここにもルーベンスの弟子だったアンソニー・ヴァン・ダイクと弟弟子のヨルダーンスの作品が展示されていました。
ジュピターの教育は古代ローマ神話の最高神となるジュピターがまだ幼い時にクレタ島で周囲の大人たちから帝王学として様々な教育を受けている場面です。
隣接するスナイデルス家の住人だったフランス・スナイデルス(1579-1657)はアントワープで生没した画家で、ピーテル・ブリューゲル子の弟子となり、師の弟ヤン・ブリューゲル父に多大な影響を受けながら静物画家としての才能を開花させ、1602年に独立を果たしています。
1608年から1609年にかけてイタリアへ赴き、ミラノでは大司教フェデリーコ・ボッロメオ枢機卿 のために働いた記録も残っています。
帰郷後は最初は花、果物などの静物を描いていましたが、後に動物を描くようになり、狩の獲物や野生の動物を描いた作品を卓越した技術と情熱で創作しました。彼は最初期の専門の動物画家といえるでしょう。
ルーベンスは動物・静物画家としてのスナイデルスの技術を高く評価しており、自身の作品の動物や果物、静物の描写をしばしばスナイデルスに依頼しています。
スナイデルスは1640年死亡のルーベンスの遺言執行人の一人にもなっています。
友人だったヴァン・ダイクや同時期に活躍したヨルダーンスなど他の画家の作品製作にも協力し、多くの共作を残しました。
そのモニュメンタルな作風はスペイン国王フェリペ4世など王侯貴族らの支持を得、1636年にはフェリペ4世のために60作もの狩猟画を描いています。かくして同時代のフランドルを代表する画家としての地位を確立したのでした。
ヴァン・ダイクは親友だったスナイデルスの肖像画を幾つか描いており、そのうちの一つを添付しましょう。