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美術館訪問記 - 658 聖パウルス教会、Antwerpen

(* 長野一隆氏メールより。写真画像クリックで原寸表示されます。)

添付1:カラヴァッジョ作
「聖パウロの回心」
ローマ、サンタ・マリア・デル・ポポロ聖堂蔵

添付2:聖パウルス教会外観 写真:Creative Commons

添付3:聖パウルス教会入口

添付4:聖パウルス教会内部

添付5:ルーベンス作
「羊飼いの礼拝」

添付6:ルーベンス作
「キリストの鞭打ち」写真:Creative Commons

添付7:ヴァン・ダイク作
「十字架運び」写真:Creative Commons

添付8:ヨルダーンス作
「磔刑」写真:Creative Commons

添付9:カラヴァッジョ作
「ロザリオの聖母」
ウィーン美術史美術館蔵

添付10:聖パウルス教会中庭

聖母大聖堂の北300m余りのところにあるのが「聖パウルス教会」。

聖パウルスはオランダ語読みで英語読みでは聖パウロ。ユダヤ名で聖サウロとも呼ばれます。ブラジルの都市サンパウロは聖パウロにちなんでいます。

パウロは、初期キリスト教の使徒であり、新約聖書の著者の一人です。パウロ書簡は新約聖書中、著者が明らかである唯一のものであり、また新約聖書全文書の中で最古の文書でもあります。

パウロは、はじめはイエスの信徒を迫害していましたが、キリストの死後、馬に乗り、キリスト教徒捕縛へ向かう途中突然天から「パウロ、パウロ、なぜわたしを迫害するのか」というイエスの声を聞き、地面に倒れたといいます。

この復活したイエスとの出会いによって、何が信ずべき道であるのかを悟り、回心してキリスト教徒となり、キリスト教発展の基礎を作った人物です。

「パウロの回心」は画題として多くの画家によって描かれています。

聖パウルス教会は1571年に完成したものの1679年に火事で燃え、新しく尖塔が加えられて再建されています。基本はゴシック建築。

午後2時から5時までの開館という特殊な開館時間ですが、入口を潜るとボランティアらしい男女二人がいかにも気の毒そうに「入場料5€」と言います。入場料を取り始めたのは2021年からだそうで、維持費が大変で、冬場は暖房費節約のため閉じてしまうとも言っていました。

そこから狭い通路を通って教会内に入るという、これも特殊な造り。

教会内は三廊式のバロック様式で、太い柱と柱頭装飾で構成されるアーチが続く側廊、天井、壁も白色に統一され、側壁に多くの絵画が並んでいます。

15点の等サイズの油彩画は「ロザリオの玄義」と呼ばれ、キリストの生誕から死、そして復活までが順に描かれており、当時は文盲の人が大多数だった信者に絵で説明するためのものでした。

ロザリオの玄義は「喜びの玄義」、「悲しみの玄義」、「栄光の玄義」からなり、喜びの玄義は受胎告知、エリザベト訪問、キリスト生誕、幼子イエスの神殿奉献、神殿での少年イエスの発見の5つ。

苦しみの玄義はゲッセマネの祈り、鞭打ち、茨の冠、十字架運び、磔刑の5つ。

栄光の玄義はキリストの復活、キリスト昇天、使徒達への精霊降臨、聖母被昇天、聖母戴冠の5つです。

ルーベンスがイタリアからの帰郷後最初の作という「羊飼いの礼拝」1609年がキリスト生誕を示すものとしてその中にありました。

ルーベンス作の「キリストの鞭打ち」、ルーベンスの弟子のヴァン・ダイクの「十字架運び」、ルーベンスの弟弟子だったヨルダーンスの「磔刑」もあります。

これらの絵に見入っていると、ボランティアらしい70歳位の小太りの男が近付いて来て教会と展示品について何かと解説してくれました。

彼によると、ロザリオのチャペルには、もともと、イタリア・バロックの巨匠カラヴァッジョが1605年に描いた「ロザリオの聖母」があったのですが、18世紀末に、ヨセフ2世によって買い取られて、現在ウィーンの美術史美術館にあるのだとか。

それさえあれば、今頃は観光客が詰めかけ、維持費には苦労してなかっただろうにと二人で笑ったものでした。

多数の絵画に満足して中庭に出ると、キリストの受難の光景を示す等身大の彫刻が並び、最上部には白い十字架の磔刑がかかっていました。