第109回の聖母マリア大聖堂から東へ200m足らずの場所に「聖カロルス・ボロメウス教会」があります。
イエズス会によって1615年から6年がかりで建てられたバロック様式の建物でイエズス会の創設者イグナティウス・デ・ロヨラに捧げられた世界最初の教会。
ルーベンスが装飾に関わった壮麗なファサードの中心にはIHSと記された紋章があり、これはラテン語でIesus Hominum Salvatorの頭文字をとったもので救いの人イエスを意味し、イエズス会を象徴する記号となっています。
1600年から1608年までイタリアに滞在し、本場バロック建築を熟知するルーベンスがファサード以外にも主祭壇や天井画などの内部装飾にも携わり、その美しさから「大理石の殿堂」と呼ばれました。
しかし1718年に発生した落雷による火災で、39点もあったルーベンス一門による天井画は全て消失してしまったのでした。
更にヨーロッパ諸国がナショナリズムを強め、王権が強くなるに伴い、国境を越えて自由に活躍し、教皇への忠誠を誓うイエズス会の存在が目障りとなり、欧州諸国の圧力に屈服する形で1773年、教皇はイエズス会の解散を命じます。
このとき、教会はミラノの聖カルロス・ボロメウスに捧げられることになりました。また、残っていた多くの美術作品が競売にかけられてしまいます。
1620年にアントワープ市長ニコラス・ロコックスから教会に寄贈されたルーベンス作「エジプトから帰還する聖家族」も売却されてしまい、ブリュッセル、ロンドン、ニューヨークと渡り歩いた後、2011年に個人所有となり、その人の寄贈で、2017年6月、この教会に無事帰還したのでした。
「エジプトから帰還する聖家族」は新約聖書にある話で、東方の三博士から新しい王(イエスのこと)がベツレヘムに生まれたと聞いて怯えたユダヤの支配者ヘロデ王がベツレヘムで2歳以下の男児を全て殺害させたのですが、イエスの両親ヨセフとマリアはお告げでこの危機を知り、幼児イエスとエジプトに逃れており無事でした(「エジプトへの逃避」)。その後、無事を見極めた聖家族が故郷へ帰還する姿を描いたものです。
この絵はコロックスが寄贈した時と同じヨセフ礼拝堂の祭壇画となっています。
教会の主祭壇を飾るのはコルネリス・スフット作「聖母戴冠」。
コルネリス・スフット(1597–1655)はアントワープで生没した画家、版画家、タペストリー下絵画家で、ルーベンスの弟子として修行後、1618年から1631年までイタリアで過ごした後、アントワープに帰還。
ルーベンスの死後はフランドル一の画家として活躍しました。宗教画と神話画が主なものです。同名の甥(1629-1685)も著名な画家でスペインに渡り多くの作品を残しています。
「聖母戴冠」は何度も名前を出しましたが、考えてみたらまだ説明していません。「聖母戴冠」は、聖母マリアが天上で神によって王冠を授けられている絵画のことを指します。
聖書にはそのような記述はありませんが、マリアは死して三日後に復活を果たし、天国へと昇って行ったとされています(聖母被昇天)。
そこで彼女が天国の女王として戴冠を受ける図像が12世紀後半に描かれるようになりました。王冠を授ける者は神であったり、キリストであったり、三位一体であったりします。
十二使徒が上空を仰いでいたり、この絵のように天使や聖人たちが仰ぎ見たり、祝福していたりする場合もあります。聖母戴冠は第556回で詳述しましたように13世紀に成立したロザリオの玄義の最終玄義に組み入れられています。