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美術館訪問記 - 655 プランタン・モレトゥス博物館、Antwerpen

(* 長野一隆氏メールより。写真画像クリックで原寸表示されます。)

添付1:プランタン・モレトゥス博物館正面

添付2:プランタン・モレトゥス博物館中庭

添付3:プランタン・モレトゥス博物館の一室

添付4:ルーベンス作
「クリストフ・プランタンの肖像」

添付5:ルーベンス作
「ヤン・モレトゥスの肖像」

添付6:エラスムス・クェリヌス2世作
「勤勉さと一貫性」写真:Creative Commons

添付7:エラスムス2世作
「眠れるヴィーナス」 プラド美術館蔵

添付8:世界最古の印刷機2台(1600年頃)

添付9:プランタン・モレトゥス社印刷本が並ぶ図書室

前々回のマイヤー・ファン・デン・ベルグ美術館から北西に600mも行くと「プランタン・モレトゥス博物館」があります。

世界でも珍しい活版印刷博物館で、広い中庭のある広大な建物に、1576年にクリストフ・プランタンが興した活版印刷会社の工房とプランタンの自宅が展示されています。

この会社は時流に乗り、当時ネーデルラント最大の印刷・出版社となり、1605年には、ヨーロッパ初の活版印刷の新聞が発行されています。

1589年に彼が亡くなると、娘婿のヤン・モレトゥスが出版事業を継ぎ、その後も子孫たちに引き継がれ1867年まで、300年にわたり事業が営まれたのです。

1876年に邸宅および印刷設備一式を含む工房がアントワープ市当局に売却され、翌1877年より博物館として公開されています。

1576年創設というと古びた工場を想像してしまいがちですが、博物館は、印刷事業で巨万の富を築いたプランタン一家の財力を見ることができる住居兼工場です。ベルギーの煉瓦造りの美しい建物と、豪華な内装と美術品の数々に圧倒される、アントワープを代表する博物館です。

プランタンの自宅は知識人階級のサロンとなり、ヤン・モレトゥスの跡を継いだ息子バルタザールはルーベンスと子どもの頃から友人だったため、ルーベンスに肖像画を依頼。

ルーベンスはプランタンやモレトゥスを始め、サロンに集まる哲学者などの知識人たちの肖像画を描きました。

ルーベンスの描いたこれらの肖像画は、館内のあちこちで見ることができます。総数15点を数えました。ルーベンスは余程バルタザールと親しかったのでしょう。

ルーベンスの弟子だったエラスムス・クェリヌス2世の「勤勉さと一貫性」もありました。彼は前々回、名前だけだしてまだ説明していませんでした。

クェリヌス家はアントワープの芸術一家の名門で、1606年にアントワープで親方の資格を取った彫刻家エラスムス・クェリヌス1世に端を発します。

その息子で1607年生まれの2世は父の薫陶を受けながらも画家の道へ進み、1633年には画家として親方の資格を取り、ルーベンスの工房で働き始め、1635年からはルーベンスの協働制作者として多くのプロジェクトに参加。

1640年ルーベンス亡き後はフランドル地方の画家の第一人者として活躍します。

弟のアルテュス1世 (1609~1668) はローマで ベルニーニの影響を受け、帰国後はフランドルのバロックを代表する彫刻家として、兄とも幾つもの仕事を共同で行っています。

アルテュス1世の息子アルノルト(アルテュス3世) は彫刻家としてイギリスで活躍。エラスムス2世の息子ヤン・エラスムス(1634~1715) はイタリアで修業し,画家となり、アントワープで宗教画,歴史画を多く描いています。

この博物館には他にも現存するものとしては世界最古の印刷機2台や同じ時期の印刷用活字一式など、プランタンが活動していた16世紀当時の印刷技術を伝える品物のほか、印刷事業に関わる設備の数々が保有されています。

そして、職・住一体の大建築物は、それ自体が近世・近代の生活と労働の関係性をうかがわせる貴重なものです。

そういうこともあって、この博物館は同時にユネスコの世界遺産ともなっている世界唯一の博物館なのです。