Gまで終わったところでスペインから離れて、5年間も採り上げてなかったベルギーの都市名ABC順に切り替えましょう。
最初はアールスト。ブリュッセルの北西20㎞程の所にあり、人口7万7千人余りで首都ブリュッセルへ通勤する労働者も多い都市です。
この街の中心マルクト広場近くにあるのが「聖マーティン教会」。
この印象的な教会の建設は1480年に遡りますが、一応の完成をみたのは1664年。その後1947年の大火後、大修復されて現在の姿になっています。
聖マーティンは実在した人物で、316年頃、現在のハンガリーにあたる場所、当時のローマ帝国領内に将校の子として生まれ、本人も軍人となります。
彼は、ある寒い日城門の前で半裸で震える物乞いを見て哀れに思い自分の着てきたマントを半分に切って与えるのです。
この物乞いはイエス・キリストであったといわれ、これが受洗のきっかけとなり、その後軍を除隊します。マーティンが持っていたほうの半分は、聖マーティンのマントとして、フランク王国の歴代国王の礼拝堂に保管されます。
礼拝堂(chapel)というのは元来マント(cape)を保管した場所という意味でした。
マーティンは伝道活動に積極的で数々の奇跡を起こしたと伝えられ、397年に死去しますが、ヨーロッパ初の聖人に列聖されます。彼はまた殉教せずに列聖された初めての聖人です。
内部は三廊式で、側廊にマントを切り裂いて物乞いに渡そうとする聖マーティンとそれを諫めようとする従者の3体の組彫刻が置かれていました。白塗りの木造でデザインしたのはエラスムス・クェリヌス2世(1607-1678)。
この教会まで足を伸ばしたのはルーベンスの傑作「キリストからペスト犠牲者の守護聖人に任命される聖ロクス」を観るためでした。
聖ロクスは14世紀半ばに実在したフランス人で、ペストに対する守護聖人として古くからヨーロッパで崇敬の対象となってきました。
絵画では、裂傷を負った脚を見せ、傍らにはその傷を舐めて癒してくれたという犬が描かれているのが通例です。
いかにもバロック絵画の寵児らしく、ルーベンスはダイナミックな構成とドラマチックな動き、鮮やかな明暗技法でその主題を的確に演出し提示してくれています。
上下2層に画面を分割し、上部中央に聖クロスを配し、その右に今、天上から現れ出た風情のキリストが「汝、ペスト犠牲者の守護聖人たるべし」とラテン語で書かれた天使の持つプレートを指さしています。
下部ではペスト患者たちが、治癒への希望露わに手を挙げ、上部を見上げています。上部の群像と下部の群像や手の動きを対角線的に組み合わせ、絵に緊張感をもたらしています。バロック画家のよく使う手法ですが。
ルーベンスはイタリアからアントワープへの帰郷後作製して彼の名を一躍高めた聖母マリア大聖堂にある「キリスト昇架」にもこの対角線手法を使っています。
聖クロスの絵はたちまち評判になり、多くの模写や版画が出回りました。
聖マーティン教会のステンドグラスも色彩鮮やかでまるで絵画のようでした。
教会を出るとマルクト広場に、ユネスコの世界遺産に登録されているベルギーとオランダ全土で最も古い建物の1つ、15世紀建造の旧市庁舎が、レストランや商店が入っている印象的な17世紀に造られた建物を背景に建っています。
現地で観た時には、まさにベルギーを代表するような美しい景色だとしか思わなかったのですが、撮った写真で見ると、旧市庁舎が異様に傾いて見えます。
この写真は誓って何の細工もしてありませんが、不思議です。
注: 聖マーティンは英語読み(ベルギーの教会ですが日本のガイドブックではなぜか聖マーティン教会となっています)ですが、第552回では聖マルティーノとイタリア語読みで全く同じ紹介をしています。このところ昔書いた説明を反復することが多くなっていると感じている方もおられるでしょう。1つは途中参加の読者も増えており、前の記事を必ずしもご存じない事、もう1つは第xx回参照と書いても、それを遡って読んでくれる方が少ない事、さらに皆さん、私同様年を取られて記憶力が鈍ってきている事、増加してきている赤川さんのブログの参照者は前の記事を知らない事、などがあり、それなら例え反復であっても書いた方が読みやすいと思うからです。