前回触れたドナテッロという名前に馴染みのない方もおられるかもしれません。 実はドナテッロはルネサンスの扉を開けた天才彫刻家なのです。
ヨーロッパでは中世、宗教画以外には独立した絵画がなかったと同様、 彫刻も教会の装飾芸術としてしか存在せず、独立した彫刻はなかったのです。
ギリシャ・ローマ彫刻を見慣れた我々には不思議に思えますが、 それらの彫刻制作はローマ時代以降掻き消え、 ヨーロッパの中世は芸術的には正に暗黒の時代と言えます。
イタリア、フィレンツェで教会の装飾彫刻から出発したドナテッロは ローマに旅して、古代彫刻を研究し、1430年頃、かの「ダビデ」像を制作しました。 これは古代以降最初の前後左右を見られる、二本足で立つ裸体独立像です。
それにしては現代にも通じる完全無欠な作品。 まさに天才の作としか言いようがありません。
この時代を超越したような耽美で写実的な彫像は、 画家としてルネサンスの扉を開けたマザッチョが 立体感のある写実的絵画を描くのに大きな刺激となり、それに続くマンテーニャや ダ・ヴィンチ、ミケランジェロにとっても範とするに十分でした。
このダビデ像があるのが、フィレンツェにある「バルジェッロ国立美術館」です。
自治都市時代の1255年、人民の隊長の館として建設され、 後に“バルジェッロ(警察長官)”と呼ばれたこの建物は、 フィレンツェの政府機関の建物としては最も古いもの。
一角には高さ54mの塔が付属し、サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂の東端 にあるプロコンソロ通りからアルノ川に向かう中間の場所に厳めしく建っています。
1865年、美術館として開館しました。
3階建ての展示場には彫刻が並びます。 ドナテッロの作品は6点、帰属作品も含めると11点ありました。 レオナルド・ダ・ヴィンチのお師匠さんで 彫刻が本業だったヴェロッキオの彫刻も4点。
ミケランジェロ作の彫刻、「バッカス」や「ブルータス」、「ダビデ・アポロ」、 浮き彫り「聖母子と洗礼者ヨハネ」もあります。
2階奥の壁には、1401年のサン・ジョヴァンニ洗礼堂のための 浮き彫りコンクールで優勝を争った、 ギベルティとブルネッレスキ両者の「イサクの犠牲」がかかっています。
この優劣を自由に競うコンクールこそルネサンスの出発点と考えられます。
3階には武具刀剣やロッビア一族の彩色テラコッタのコレクションもありました。