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美術館訪問記 - 558 アクイレイア聖堂、Aquileia

(* 長野一隆氏メールより。写真画像クリックで原寸表示されます。)

添付1:アクイレイア聖堂へ通じる道

添付2:アクイレイア聖堂外観

添付3:アクイレイア聖堂内部

添付4:アクイレイア聖堂内部の床モザイク

添付5:動物のモザイク

添付6:魚類のモザイク

添付7:肖像画のモザイク

添付8:文章のあるモザイク

添付9:アクイレイア聖堂のクリプト

添付10:フレスコ画の一例

イタリア都市のABC順に戻って、次はアクイレイア。

ヴェネツィアの東90㎞足らずにある、古代ローマ帝国時代にイタリアで 第4番目に建設された都市で、政治的にも商業的にも重要拠点として繁栄しました。 当時は第二のローマと呼ばれたそうですが、現在は静かな田舎町といった風情。

ここにあるのがロマネスク時代の最も立派で重要な記念建造物の一つ、 「アクイレイア聖堂」です。

聖堂へは駐車場から神社の参道のような木立に囲まれた細い道を700m程歩きます。 途中古代ローマ帝国時代の遺跡が散見されます。

平行して建てられた2つの会堂が一本の通路でつらなっている聖堂の、 主要な中核部分は313年に建造されたものといいます。

ローマ皇帝コンスタンティヌス1世がミラノ勅令によりキリスト教を公認したのが 313年ですから、その直後の建設ということになる、歴史的建築物です。

ただ最初の教会は崩壊し、現在の聖堂は1031年、聖堂跡地に再建されたもので、 その後、1379年頃にゴシック様式に改修されています。

1909年にこの聖堂の床を覆うモザイクが発見されました。 総面積760㎡もあり、4世紀初期の初期キリスト教時代の最大級のモザイクです。

聖堂を改修した時に列柱を建てるために一部が破壊され、全く別の舗床が施されて いたのですが、現在はそれを全て剥がし、ガラスの渡り廊下が作ってあり、 その上で、あたかも石の絨毯の上を歩いているかのような気分が味わえます。

一目、第37回で紹介したピアッツァ・アルメリーナにある ヴィッラ・ロマーナ・デル・カサーレのモザイクを思い起こしました。 作られた時代もほぼ同時期です。

図柄は素朴で幾何学模様、動物、魚類の図柄が多く、肖像画もあります。 動物や魚類の種類の多いこと、そして、どれを見ても、極めて多くの色の石を 上手に使って微妙な表現を出しているのに驚きます。

長い間別の床に覆われて保護されて来たためか、欠損等が少なく、 色鮮やかな素晴らしい状態で、本来あった場所で、 ほぼ完全な状態のモザイクを見られるのは貴重な機会です。

モザイクの中には円で囲まれた文章もあり、一部欠損しているものの 「幸福なるテオドロスよ,全能の神と天からあなたへと委ねられた羊群の助けを 借りて,あなたが全てを完成させ,万能の神の栄光のために献堂した」 と読めるそうです。

大司教テオドロスがアクイレイアで役目を務めたのは、西暦308年から315年の事。 従って、僅か2年で大規模な聖堂が建ったことになります。

後陣の区画にある聖ペトロ礼拝堂(4世紀建造)、後陣それ自体(11世紀)、 クリプト(12世紀)などで、様々な時代のフレスコ画も見る事ができます。

クリプトは地下礼拝堂のことですが、「フレスコ画のクリプト」とも呼ばれ、 アクイレイアにおけるキリスト教共同体の起源をはじめ 宗教的なものが物語として、内部全面を取り巻くように描かれています。 アクイレイアでは時の歩みが格別遅いように感じられます。 処々に残る壊れた柱や建物の基礎、石塔等が一層その気分を助長するのです。