戻る

美術館訪問記 - 555 レカナーティ市立美術館、Recanati

(* 長野一隆氏メールより。写真画像クリックで原寸表示されます。)

添付1:レカナーティ市立美術館

添付2:ロレンツォ・ロット作
「受胎告知」

添付3:ロレンツォ・ロット作
「レカナーティの多翼祭壇画」

添付4:ロレンツォ・ロット作
「キリストの変容」

添付5:ロレンツォ・ロット作
「聖ヤコブ」

添付6:ピエトロ・ディ・ドメニコ・ダ・モンテプルチャーノ作
「聖母子と四聖人の多翼祭壇画」
写真:Creative Commons

前回名前を出したレカナーティをご存知の方はまずいないでしょう。

アンコーナの南25㎞程のところにある海抜300m足らずの山の上にある街で、現在の人口は21,000人余りの市です。

1290年には自治国を宣言し、18世紀末にナポレオン軍に征服されるまで続きました。

この街の中心部に市庁舎と接してあるのが「レカナーティ市立美術館」。

入居しているヴィッラ・コッロレード・メルスは7世紀頃からのマルケ州貴族コッロレード家の別荘で、16世紀に建てられ、17世紀に新古典様式に改造。

ここにはこの街で活躍したロレンツォ・ロットの傑作が4点もあります。

ロレンツォ・ロットの最大の魅力は、その独創性です。ロットは各地を転々とする間に多くの様式を吸収して、それらを昇華させ、古典的な様式から離れた独自の路線を開拓しました。

真の芸術家たるには、人の模倣ではなく独創力が絶対的条件だと確信していますが、ロットの作品には彼以前には存在しなかった図像が多い。

特にここにある「受胎告知」を観た時には、その独創性と、人間心理の観察眼に驚嘆しました。

それまでの「受胎告知」は、聖母マリアと彼女に神の子が宿ったことを告げる大天使ガブリエルが向き合い、マリアは処女ながら受胎したという知らせに戸惑いや拒絶の表情を浮かべる図もありはしますが、これまでも紹介して来ましたように敬虔に受諾しているのが大部分です。

ところがここでは、読書中に突然舞い降りてきたガブリエルに驚いたマリアが身を竦め、その場から逃げ去ろうとしているのです。

神ならぬ人間としては当然の行為のように見えますが、それまでの画家たちは前例の枠から逃れられず、マリアを人間の乙女として洞察することはできなかった。

ガブリエルは待ってくれと言うかのように右手を上げ、普段は精霊として描かれる天なる神も登場し歌舞伎役者が見得を切るかのように「待った!待ったー!」と音声を発しているかのようです。

宗教画ながら、人生の辛酸を味わった人間のユーモアすら感じさせます。ルネサンスという時代を超えた絵画と言えるでしょう。1534年頃の作。

この美術館にあるロットの他の作品の内「レカナーティの多翼祭壇画」、元はサン・ドメニコ教会にあった事から「サン・ドメニコの多翼祭壇画」とも呼ばれる祭壇画は、6翼からなっていますが、その1翼ずつが独立した絵画として十分に鑑賞に堪える傑作です。

実際一度はバラバラにされて別々に所有されていたものを再構成して美術館に展示したといいます。

ヴァザーリはその著作、芸術家列伝の中で、この祭壇画を描いた頃はロットはまだ若く、ある部分はジョヴァンニ・ベッリーニ風であり、ある部分はジョルジョーネ風に見えると書いています。

祭壇画には1508年というロットのサインがあり、この祭壇画の完成度が評判になって前回書いたようにロットはローマに招聘されたのでした。

他の2点はどちらも1512年に描かれた「キリストの変容」と「聖ヤコブ」。ラファエロとローマで一緒に働いた後で、ラファエロの影響を受け、色彩はより豊かになり、ベッリーニ色は薄まっています。

美術館にあるロット以外の作品では1422年作のピエトロ・ディ・ドメニコ・ダ・モンテプルチャーノの「聖母子と四聖人の多翼祭壇画」が印象に残りました。