戻る

美術館訪問記 - 530 アントン・ウルリッヒ公爵美術館、Braunschweig

(* 長野一隆氏メールより。写真画像クリックで原寸表示されます。)

添付1:アントン・ウルリッヒ公爵美術館外観

添付2:アントン・ウルリッヒ公爵美術館内部

添付3:フェルメール作
「ワイングラスを持つ娘」

添付4:フェルメール作
「稽古の中断」フリック・コレクション蔵

添付5:ジョルジョーネ作
「自画像」

添付6:アダム・エルスハイマー作
「曙」

添付7:レブラント作
「家族の肖像」

添付8:レブラント作
「雷雨の中の山岳風景」

ドイツ、ハノーファーから南東東に50㎞余りの所にブラウンシュヴァイクという 都市があり、ここにあるのが「アントン・ウルリッヒ公爵美術館」。

ハノーファーはハノーヴァーではないのかと思ったあなた、 実は私もその一人なのですが、今はドイツ人の発音通りハノーファーと書くのです。 アントワープはアントウェルペン、ゲントはヘントなど、現地語優先になっており 若い世代と話す時は注意しなければいけません。

ここはアントン・ウルリッヒ公爵のコレクションを基に築かれた美術館で、 公開は1754年と大英博物館の1年後で、ヨーロッパで最も古い美術館の一つです。

アントン・ウルリッヒ公爵(1633-1714)はブラウンシュヴァイク領主の傍ら 作家で詩人、劇作家でもあり、熱心な美術収集家でもありました。

それも単なる殿様芸ではなく、彼の小説はドイツ歴史文学の礎を築いたと見做され、 若きゲーテも耽読し、後の彼の傑作「ヴィルヘルム・マイスターの修業時代」に 強い影響を与えたと考えられています。

またアントンは多くのオペラや戯曲、バレーのリブレット(歌詞台本)を書き、 当時では最大のオペラハウスを1690年に創建してもいるのです。

現在の3階建ての豪壮な建物は1882年の完成で、その後の戦禍も殆どなく、 1927年に正式にアントン・ウルリッヒ公爵美術館と名付けられています。

ここのコレクションは素晴らしく、日本の美術館を束にしてもかなわないでしょう。

なにせフェルメールからホルバイン、クラーナハ、アダム・エルスハイマー、 レンブラント、ルーベンス、ヴァン・ダイク、ヨルダーンス、ステーン、 ジョルジョーネ、ヴェロネーゼ、ティントレット、パルマ・ヴェッキオ、ブーシェ など挙げていくときりがありません。

特にフェルメールの「ワイングラスを持つ娘」、ジョルジョーネの「自画像」 アダム・エルスハイマーの「曙」は世界的に希少な画家の作品だけに貴重です。

これら3人の画家を同時に観られるのは世界でも、この美術館とベルリン絵画館、 ドレスデンのアルテ・マイスター絵画館、ロンドン・ナショナル・ギャラリーだけ なのです。ドイツ国内にある美術館が3/4を占めているのが興味深い。

この事からもウルリッヒ公爵の鑑識眼の高さが窺えます。 あのルーヴル美術館ですらフェルメールしか所有していないのです。

フェルメールの「ワイングラスを持つ娘」は2008年に日本に来ていたので ご覧になった方もおられるでしょうが、1660年頃の作で、洗練されて来た頃です。

ただまだ右端の壁際のタイルが少し歪んで見えます。透視法の原則を工夫せずに 使用すると、かえって見た目には不自然になってしまう例です。

本人もこの事は自覚していたようで、次に手掛けた、構図的にはよく似ている 「稽古の中断」では、床の部分をカットしてしまっています。

どちらも絵の中からこちらを見つめる女性の表情が印象的ですね。

2つの絵とも、中心となる女性は、なぜか当面の出来事から顔をそらし、 視線をこちらに投げかけて来ています。

傍らに立つ男性の思惑ありげに屈みこむ様子といい、二人の位置関係、 机と水差し、人物画らしい壁の絵、窓の位置などほとんどそっくりです。

ジョルジョーネの「自画像」は、残っているこの絵の版画から、 左右と下部が切断されており、オリジナルはダビデに扮したジョルジョーネが 切断したゴリアテの首を前に置いていたと考えられます。

ダビデはご存知のように旧約聖書に登場する羊飼いの少年で、 強敵ゴリアテを投石で殺し、危急の状態にあったイスラエルを救った英雄で、 後にイスラエルの王となった人物です。

つまりこの自画像はジョルジョーネ自身の大いなる自信の表明であり、 同時期、ヴェネツィアに滞在していたこともあるデューラーの、自身を貴族や キリストに見立てた自画像同様、ルネサンス時代の画家の自負心を表しています。

アダム・エルスハイマーの「曙」は1606年にローマで描かれたものですが、 当時からドイツ・バロック絵画を代表する風景画と考えられており、 後にゲーテもこの絵に感動し、触発された詩を書き残しています。

アダム・エルスハイマーについては第479回を参照して下さい。

この美術館は彫刻、デッサン、グラフィック、工芸装飾品のコレクションも ただものではなく、その方面に興味のある方にとっても魅力的でしょう。