前回のワッツ・ギャラリーの400m程南西に「ワッツ・チャペル」があります。
これはフレデリック・ワッツの晩年に、妻メアリーが企画・建造したチャペル。ワッツ夫妻がコンプトンに自宅を購入した後、隣接した土地に教区墓地を造る話が持ち上がり、メアリーが自らチャペルの設計と建造を申し出たのです。
陶芸家のメアリーが、自宅の敷地から陶芸に適した粘土が採れることを発見して、この土を使ってコンプトン焼を始め、それを貧しい村の人々に指導・伝授することで新しい収入源を作り出そうとしていました。
その実践も兼ね、ほぼ村民全員参加でこのチャペルを造り上げたのです。
建築・装飾はメアリー自身のデザインで、ロマネスク様式にのっとりながら、ケルト装飾様式とアール・ヌーヴォー様式が濃厚に取り入れられた、独自のデザイン。彼女の神秘的象徴主義が、余すところなく表現されています。
建設資金はワッツが出し、チャペルは1896年から1898年にかけて完成。
内装を仕上げるのに時間がかかり、完成したのが1904年。同年にワッツ・ギャラリーも完成。チャペルの主祭壇画を描き上げた3ヵ月後にワッツは他界し、このチャペルのある墓地に眠っています。
ロマネスク様式の外観は素朴で、コンプトン焼で造られた外壁は焼物の色そのままの赤銅色。
メアリーがケルトの組み紐模様から想を得たという外壁のテラコッタのデザインは高度に装飾的で、メアリーの指導があったとはいえ、素人集団がよくぞここまでという感を強くします。入口のドアの金具も凝った作り。
内部もケルトの組み紐模様とアール・ヌーヴォー様式が混同したような凝った装飾と着彩されたレリーフ彫刻で、壁や天井が覆い尽くされています。
中央祭壇中央には「この礼拝堂はG.F.ワッツの妻の設計で、彼女とコンプトンの人々により1896年に造られた。礼拝堂は墓地に眠る全ての人々の追憶に捧げられています」と書かれています。
その祭壇画としてワッツが描いたのは「天使の記録」。この絵は彼が前回の「希望」と同じ頃完成させたより大きな油彩画の縮小版です。
ワッツの最も象徴主義的な作品で、大きな羽を持ち、全身を衣装で覆った中性的な人物が子宮の中の赤子のような姿で漂っています。
天使と思われるその人物は重そうな衣服にも関わらず、空間に軽やかに浮かんでいるようで、地球のような球体を両手で抱えています。
静かな佇まいながら、その姿は威厳に満ち、まるで巨大な地球の母親が宇宙の神秘的な秘密を明かそうとしているかのようです。
ワッツが静かな祈りの場に最適とこの絵を選んだのも解る気がします。