美術館訪問記 – 488 ベニングボロー・ホール

ヨーク市の北西10㎞程の場所には「ベニングボロー・ホール」があります。

庭園を含めた敷地面積8エーカー、約1万坪と、これまでの常識を超えた大邸宅に比べればやや小粒ですが、それでも一般家庭とは比較にならない大きさで、のんびりと庭をそぞろ歩きする家族連れで混み合っていました。

これまでもホウカム・ホールやケドルストン・ホールを紹介して来ましたがホールとは中部や北イングランドではマナーやカントリー・ハウスと同義語です。

建物は1716年完成の典型的なジョージアン様式。

ジョージアン様式とはイギリスのハノーバー朝、最初の4人の国王ジョージ1世、2世、3世、4世の治世（1714-1830年）に行われた建築・工芸の様式です。

建物の場合、切妻屋根または腰折れ屋根に、屋根窓と化粧手摺りが屋根に設けられ、総2階建てでシンメトリー(左右対称)。柱間が開口部を中心に奇数になっています。

建築主は大地主で州長官も務めたジョン・バウチャー。その後、何人かの手に渡り、最終的には1958年にナショナル・トラストが入手。

現在ではロンドン・ナショナル・ポートレート・ギャラリーと提携して、常時100点ほどの肖像画を、家具なども含め往年の状態に復元された室内に、今も人が住んでいるかのように展示してあります。

従ってここにある絵画はほとんどが借り物なのですが、ロンドンから遠く離れたこの地で、国立肖像画美術館の作品を鑑賞できる喜びを味わえます。

一際目を惹いたのはポンペオ・バトーニ作「フィリップ・メトカーフ」。

ポンペオ・バトーニは1708年、イタリア、ルッカの生まれ。ローマで画家としての修行を積み、貴人の知己を得てその腕前を認められると一躍流行画家となります。

18世紀当時イギリスの上流階級では、子弟を大陸に遊学させるグランド・ツアーが流行していました。ツアーでローマを訪れたイギリス人たちは多くが、古代ローマの遺跡や美術品を背景とした肖像画をバトーニに描かせたのです。

彼らの持ち帰った絵を観た人々は、その出来栄えに感嘆し、バトーニの名声はイギリスばかりでなくヨーロッパ中に伝わり、彼の手になる各国の王族・貴族や教皇などの肖像画も数多く残っています。

フィリップ・メトカーフは酒類製造で財を成した人物でジョシュア・レイノルズを始めとする美術界や文学界の友人も多く、自身のグランド・ツアーの際は率先してバトーニのモデルとなったのでした。

第376回で詳述したアンゲリカ・カウフマンの描いた「アンナ・ジェンキンスとトマス・ジェンキンス」もありました。

オーストリア人のアンゲリカ・カウフマンは、その画才と英仏独伊語を自由に操る知性と玄人はだしの歌唱力、典雅な身のこなしで「世界中が彼女に恋している」と言われたほど熱狂的な人気を得るまでになるのです。

1766年からはロンドンで歓迎され、ジョシュア・レイノルズと親交を結び、彼と共にイギリス王立美術協会の創立者の一人になります。王侯貴族の肖像画を描きながら15年間滞在しています。彼女の作品はイギリスは勿論、世界中でよく見かけます。

この絵は彼女がローマ滞在中に描いたもので、トマス・ジェンキンスは美術商で銀行家でしたが、ローマ滞住の非公式の英国大使とも言われていた人物で姪のアンナは婿探しにイギリスから彼の許を訪れていたと考えられ、手持ちの花と純白のドレスで彼女の美しさと純粋さが強調された作品となっています。

これら100点ほどの肖像画は長期貸与作品ですが、2階の数部屋は美術館の企画展のように、定期的に入れ替えられる展示品用らしく、何の装飾もない部屋でしたが、そこに1点ジュディ・デンチの肖像画がありました。

最近、映画は国際線の機内でしか見ない私でも知っている007シリーズのM役で知られた女優ですが、彼女はハムレットのオフィーリア役が初演の年季の入った舞台女優で、多くの重要な舞台に出演し、ローレンス・オリビエ賞を7度、高松宮殿下記念世界文化賞なども受賞している名優です。

ロンドン・ナショナル・ポートレート・ギャラリーの依頼で彼女を描いた画家、アレッサンドロ・ラホは1971年バハマの生まれで、ロンドンで制作、活動中。ロンドン、ニューヨーク、サンフランシスコ、東京、ミラノなど世界各地で個展を行っています。

(添付5：アレッサンドロ・ラホ作「ジュディ・デンチ」は著作権上の理由により割愛しました。
　長野さんから直接メール配信を希望される方は、トップページ右上の「メール配信登録」をご利用下さい。管理人)