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美術館訪問記 –479 ペットワース・ハウス

(* 長野一隆氏メールより。写真画像クリックで原寸表示されます。)

添付1:ペットワース・ハウス 写真:Creative Commons

添付2:ターナー作
「チャイルド・ハロルドの巡礼-イタリア」
テート・ブリテン蔵

添付3:ターナー作
「ペットワースの鹿」

添付4:レイノルズ作
「マクベスと魔女たち」

添付5:ターナー作
「スクエア・ダイニング・ルーム」の写真

添付6:大階段

添付7:アダム・エルスハイマー作
「聖パウロ」

添付8:ティツィアーノ作
「黒い羽根飾り付きの帽子を冠った男」

添付9:ターナー作
「ジェシカ」

添付10:ゲインズバラ作
「風景の中で座る犬」

前回のケイパビリティ・ブラウン設計の庭園とルイ・ラゲールの壁画という組み合わせで思い出すのは、ロンドンの南西60㎞程の場所にあるペットワースの町にある「ペットワース・ハウス」。

ペットワース・ハウスは1150年の創建で、数々の貴族の手を経た後、1688年に第6代サマーセット公爵が現在のバロック様式の長方形の建物に再建。この家の大階段の壁画をルイ・ラゲールに託すのです。

その後この館の主となった第2代エグルモント伯爵は1751年、ケイパビリティ・ブラウンに造園を任せます。

ペットワース・ハウスと庭園は最後の当主により1947年、国に寄贈され現在はナショナル・トラストの管理下にあります。

ペットワース・ハウスは700エーカー(85万坪)という広大な敷地を持ち、庭園内には2000頭に及ぶ鹿が野生しています。

庭園はケイパビリティ・ブラウの自然景観説の究極の到達点とみなされ、自然公園としては欧州最高傑作と言われ、庭の彫像も評価が高い。

入って2番目の部屋の窓際の壁にターナーの大きな絵がありました。中央左寄りに大きく伸びた1本の木があり、その下で数人が踊っています。右手からは川が流れ、人々が集まっています。

漱石の「坊っちゃん」に出てきた絵そっくり。こんな所にあったのかと思ったらテート・ブリテンからのローン作品でした。代わりにここの絵がテート・ブリテンに行っているのだとか。

3代目のエグルモント伯爵が芸術家の支援に熱心で、多くの芸術家がペットワースを訪れました。ターナーもその1人で、暫くの間、ハウス内に一室を与えられ、衣食住を保証されて過ごしたのです。

経済面の心配をすることなく、心行くまで画業に打ち込めたターナーの初期の傑作はここで描かれたのです。当然ながらターナーの絵も沢山残されており、計20点を数えました。

その次の部屋のレイノルズの絵の下に葉書2葉位の大きさの写真がありました。レイノルズ作品を含めた壁全体の様子を写したものです。その中で、レイノルズの作中人物の衣の色が実物よりもずっと鮮明です。

何故こうも違うのかと傍にいたスタッフに聞くと、そもそもその写真はターナーの水彩画を写真に撮ったもので、ターナーがこの館に滞在中に描いたものだと言います。

ターナーがこの絵を描いた1827年頃はその位の色をしていた訳です。絵画に色彩の劣化や汚れの付着は避けて通れない宿命ですが、余りの違いに心寂しく感じました。

続いて大階段のある空間に出ました。ルイ・ラゲールの手になる壁画が壁や天井を埋め尽くしています。

歴代の芸術に関心のあった当主たちが収集して来た絵画で室内は満たされており、観るべきものは多くありましたが、最も素晴らしいのはアダム・エルスハイマーの8点の聖人たちのシリーズ作品。

アダム・エルスハイマー(1578-1610)をご存知の方は少ないでしょう。

彼はドイツ、フランクフルトの生まれで、画家としての修業後、20歳でイタリアへ赴き、ヴェネツイアを経てローマに至り、同地に滞在していたルーベンスと親しく交わるようになります。

エルスハイマーの鮮烈な色彩、細密な描写、静謐感漂う詩情、革新的な光の表現等はルーベンスやレンブラントを始めとする同時代の画家ばかりでなく後世の画家達にも大きな影響を与えています。

エルスハイマーの死後、ルーベンスは「小さい人物画、風景画、その他多くの主題において彼にかなう者はいなかった。人は彼から、これまでもこれからも決して見ることのないものを期待することができた」と言っています。

しかし彼は32歳でローマで夭折しており、残された作品は少なく、しかも1点の自画像を除いては全て銅板に描かれた小品ばかりで、美術館で展示されていても、知らなければ見過ごしてしまいがちです。

彼の油彩画作品は40点余りしかなく、世界7カ国、20の美術館でしか観られませんが、ここにある8点は1施設としては最大です。あのルーヴル美術館やメトロポリタン美術館にも1点もありません。

私は全作品を観て来ましたが、彼の作品に遭遇する度に何だか宝籤にでも当たったような幸せな気持ちになるのです。

それでも世に知られたのは、彼自身や弟子、友人たちが彼の銅板画を版画にし、それらが広く流通したからです。これらの版画は多くの美術館にあります。

他にもティツィアーノ、ヨース・ファン・クレーフェ、ヴァン・ダイク、クロード・ロラン、アルベルト・カイプ、ゲインズバラ、レイノルズ、ロムニー、ワッツ、ブレイクなどが並びます。

「ジェシカ」というタイトルのベニスの商人の劇の1場面を描いた、ターナーの珍しい絵もありました。

珍しいと言えばゲインズバラ作「風景の中で座る犬」。ゲインズバラが犬だけを描いた作品はそれほど多くはありません。