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美術館訪問記 - 474 ワデスドン・マナー

(* 長野一隆氏メールより。写真画像クリックで原寸表示されます。)

添付1:ワデスドン・マナー遠景

添付2:ワデスドン・マナー前景

添付3:前庭の噴水

添付4:ダイニング・ルーム

添付5:陶器展示室

添付6:ブーシェ作
「ポンパドゥール夫人」 写真:Creative Commons

添付7:シャルダン作
「トランプで家を組み立てる少年」

添付8:ジョージ・ロムニー作
「カリュプソーに扮したハミルトン夫人」

添付9:レイノルズ作
「喜劇と悲劇の間のガリック」

前回のホウカム・ホールは辺鄙な場所にあるので行かれた方は少ないでしょう。今日採り上げる「ワデスドン・マナー」は、ロンドンやオックスフォードから近く、観光ツアーコースにもなっているようですからご存知の方もおられるでしょう。特にクリスマスの飾りつけは名物になっており、日本のテレビでも放映します。

イギリスのマナー(Manor)とは、行儀作法を示すマナー(Manner)とは異なり、かつて王侯貴族が暮らしていた建築物を指します。カントリー・ハウスとも。

マナーと名前が付くホテルは旧貴族や領主の館を流用しており、一般的なホテルよりはレベルが高くなります。

ワデスドン・マナーはウィーンのロスチャイルド家三代目、フェルディナンド・ドゥ・ロスチャイルド男爵が彼のコレクションを展示し、友人たちをもてなすために、1874から1889年にかけてアリスバーリーのワデスドン村を一望する丘の頂上に建設。

ウィンストン・チャーチル元首相、ヴィクトリア女王なども招待客の一員で、チャーチルは葉巻を吸うため、バルコニー付きの寝室がお気に入りだったとか。

最後の当主となったジェイムズ・ドゥ・ロスチャイルドは1957年死去の際に建物を含む主要部分をナショナル・トラストに遺贈しました。ナショナル・トラストについては第183回を参照して下さい。

ここは敷地の入口から駐車場までかなりあり、そこに車を停めて、付属の案内所で入場料を支払い、一定間隔で巡回しているバスで館まで行く仕組みになっています。

広大な敷地は2500エーカー、約300万坪、東京ドーム約215個分相当。それでも約10㎢ですから、前回のホウカム・ホールがいかに巨大か解ります。

バスを降りてからもハウスまでかなり歩きます。宮殿のような大邸宅はイギリスでは珍しいフレンチ・ルネサンス様式。前庭はイタリア式で、彫刻のある噴水もあり、全体がまさに絵のような景観。

ナショナル・トラスト管理下のためか、ここも物腰の柔らかい老紳士淑女達がスタッフとして対応しており、気分よく見学できます。

贅を尽くした内装や調度品はフェルディナンドの好みなのかロココ調で、ルーベンスとヴァン・ダイクを除けば、掛かっている絵画も殆どがロココ時代の物。

世界経済の一翼を担うロスチャイルド家のコレクションだけに展示された作品は一流美術館に匹敵する名品揃い。

数ある中から数点を採り上げると、まずはブーシェの「ポンパドゥール夫人」。

ルイ15世の公妾としてその才智と美貌でロココ美術を牽引し、七年戦争ではオーストリア・ロシアの2人の女帝と組んでプロイセン・イギリスと対抗した女傑の彼女にしては可憐な顔立ちで当時34歳とは見えません。

シャルダンの「トランプで家を組み立てる少年」は、フェルメールを想起させる左側の窓からの淡い光に照らされた少年の姿が印象的で、落ち着いた褐色的な色調は画家の特徴が表れており、静謐感の漂う名画です。

ジョージ・ロムニー(第278回参照)の「カリュプソーに扮したハミルトン夫人」も印象的。エマ・ハミルトンはナポリ公使だったハミルトン卿と結婚する前はロムニーのミューズとして60作以上の肖像画のモデルとなっています。

それらは現実的な肖像画、寓話・神話・宗教的イメージの具現化と多岐に亘り、本作ではギリシャ神話で彼女の住む島に漂着したオデュッセウスを愛し、7年間共に暮らしたという海の女神カリュプソーに見立てています。

ハミルトン夫人はその後ネルソン提督の愛人として有名になりました。

ジョシュア・レイノルズの「喜劇と悲劇の間のガリック」は喜劇と悲劇を巧みにこなし、当時大人気だった役者のデイヴィッド・ガリックを描いたものですが、喜劇を司るギリシャ神話の女神タレイアに右腕を掴まれながら悲劇の女神メルポメネーに笑顔を向けるガリックを巧みに描き出した意欲作で、レイノルズの最高傑作でしょう。

ロスチャイルド家はワインの生産販売でも有名ですが、この館でもワインを販売しており、1万本以上貯蔵しているのだとか。