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美術館訪問記 - 466 アール・ブリュット・コレクション

(* 長野一隆氏メールより。写真画像クリックで原寸表示されます。)

添付1:アール・ブリュット・コレクション前景

添付3:アドルフ・ヴェルフリ作
「無題」

添付4:アール・ブリュット・コレクション入口前

添付5:アール・ブリュット・コレクション内部 写真:Creative Commons

添付6:アール・ブリュット・コレクション内トイレ扉

州立美術館から800m程北西に「アール・ブリュット・コレクション」があります。

アール・ブリュットの概念を提唱したフランスの画家、ジャン・デュビュッフェが収集したコレクションを基に1976年開館しました。

デュビュッフェは1901年フランス、ル・アーヴルのワイン商の息子として生まれ、18歳でパリに出、美術を学びますが、芽が出ず、28歳時にパリでワイン業を始め、ナチスドイツの占領下のパリで、会社をそれなりの軌道に乗せることに成功します。

1942年に会社を譲渡して美術に専念する事にし、挑戦的で、意識的に美的価値観や確立した様式への反発を作品の中で展開しました。

根源的な美を探索するために、彼はアルジェリアを3度訪れたり、フランスやスイスの精神病院や刑務所を訪問したりしていますが、1945年、「アール・ブリュット」という新しい美術概念を提起します。

アール・ブリュットとはフランス語で「生の芸術」という意味の造語で、これまでの西洋芸術の流れを否定し、特別な芸術教育を受けず、技法や様式などの既成概念に囚われない人々がつくりあげた純粋で無垢な芸術作品を評価したもの。

アール・ブリュットは、作り手本人のやむにやまれぬ何かの思いにのみ司られ、作られているため、人が人として存在する上で根源的に持っている「表現したい衝動」というものの底流を、ありありと伝えて来ると考えたのです。

アール・ブリュットの一例としてアドルフ・ヴェルフリ(1864-1930)の作品を添付しましょう。彼はスイスのベルン近郊に生まれ、孤独で悲惨な幼少期を送り、罪を犯し、精神病院に収容されて、以後死ぬまで病院内で過ごしています。

35歳から、一心不乱に描き続けるようになり、生涯に描いた数は25,000ページ。

余白を残さず、絵と文字と音符で埋め尽くされた作品はどれも、既存の芸術や美術教育の影響を受けることなく生み出された、他に類をみない表現力と、奇想天外な物語性、そして音楽への情熱に溢れています。

デュビュッフェは、アカデミックな教育を受けた経験がなく、社会的にはあまり認められていない人々の作り出したアートを収集し、約200人の作品およそ5000点のコレクションをローザンヌ市に寄贈したのです。

美術館では、さらに世界各国のアーティストの作品を幅広く収集し、現在では約1000人の作り出した7万点を超す作品所蔵量を誇っています。

美術館は18世紀建立の由緒ある邸宅を使用しています。

入口前に、「芸術はわれわれが用意した寝床に身を横たえに来たりはしない。芸術は、その名を口にしたとたん逃げ去ってしまうもので、匿名であることを好む。芸術の最良の瞬間は、その名を忘れたときである」というデュビュッフェの言葉が立ち塞がっていました。

アール・ブリュット・コレクションという館名も、これまでの美術や文化の伝統的価値観を否定したデュビュッフェが美術館という言葉を嫌い、コレクションを用いることにしたのだとか。

中は結構広く、芸術家とは異なり、ビジネスではなく、自分の心の要求に従って作成している作品ばかりなので、ひたむきで、無垢な感情の吐露となっており、奇妙に心を揺さぶられました。

一つ気になったのはトイレの扉の男女の区別用にアール・ブリュットの画家が描いた絵が貼ってあるのですが、これが性器以外の部分は同じで、男性は凸状のものが下向きに下がり、女性は2本の短い棒状のものが間を開けて下がっているのでした。公共の場ではチョット首を傾げたくなる私の感性が反アール・ブリュット的なのでしょうか。

なお、館内は撮影禁止で、美術館のHPでも作品の著作権については非常に厳しく定義されているので、Web上でも著作権に触れないような展示作品写真は見当たりません。

展示作品をご覧になりたい方は下記URLを参照下さい。

アールブリュットコレクション

1972年にイギリスのロジャー・カーディナルが「アウトサイダー・アート」として、社会の外側に取り残された者の作品で、美術教育を受けていない独学自習者の作り出した芸術へと概念を広げ、精神障害者以外に、主流の外側で制作する人々を含めました。プリミティブ・アートや、民族芸術、心霊術者の作品も含まれるようになって来ています。

デュビュッフェは1985年、パリで死去しており、芸術に専念したのは遅まきながら、比較的長命なため、彼の作品は日本も含め、世界の美術館で、よく見かけます。



(添付2:デュビュッフェ作「美しい尾の牝牛」 国立西洋美術館蔵は著作権上の理由により割愛しました。
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