話を元に戻して、次はナンシーにある「ナンシー美術館」。
ナンシーはドイツとルクセンブルク国境から100㎞程のフランス北東部にあり、ロレーヌ地方の中心都市。モーゼル丘陵とムルト川の間に挟まれた平地に広がる美しい町です。
この町の中心にあるスタニスラス広場はロココ建築の傑作で、市庁舎や美術館など複数の建築と広場が一体となって設計され、優雅な空間を創出しています。
ナンシー美術館はそのスタニスラス広場に面して1793年に開館した歴史ある美術館で、ロココ様式の優美な外観をしていますが、内部は完全な近代建築になっており、デザインも秀逸で階段の周りの意匠が特に面白い。
1階に入って直ぐ大作が並んでいます。特にドラクロアの「ナンシーの戦い」は237cm x 350cmの超大作で、彼のこれほどの大作は珍しい。
他にも著名画家の作品が揃い、地方都市の美術館としては超一級と言えます。
カラヴァッジョの「受胎告知」はフランスに3点しかない彼の作品の一つで、構図も非常に珍しい。彼以前の受胎告知の図はマリアと大天使ガブリエルが向き合う形で同一平面上にいるのが普通でした。
このカラヴァッジョの作品では天使は左上にいて、翼を大きく広げて、今まさにマリアの前に舞い降りて告知したという、この瞬間の臨場性を強調する効果を演出しています。
画面左上部からは自然光によるスポットライトが場面を照らし、天使のつややかな肌を明るく照らしていますが、その顔は影に隠れ、カラヴァッジョ一流の強い明暗法が全体を覆っています。
マイヨールは彫刻家になる前は画家になるべく修業していたのですが、彼がシャヴァンヌの「貧しい漁夫」を本物と見まがうばかりにソックリにコピーした絵があったのには驚きました。
シャヴァンヌのサインまで真似ており、その上にMaillol D’après(マイヨール複写)とサインしてありました。
パスキンの彼独特の淡彩と無駄のない線によって表現された、はかなげで透明感のある女性像も印象的でした。
ロレーヌ地方出身の画家クロード・ロランやエミール・フリアン、ジュール・バスティアン=ルパージュなどの作品も充実しています。
クロード・ロランは第304回で詳述しました。
エミール・フリアンは1863年ナンシー近郊の生まれで、ナンシーに移り住み幼少時から画才を発揮。15歳で描いた油彩画で注目を集め、町の奨学金を得てパリに出、当時の第一人者、アレクサンダー・カバネルの下に学び、19歳でサロンに出品。翌年には3等賞、翌翌年には2等賞を受賞します。
肖像画の第一人者となり、1923年に国立美術学校の教授を拝命、1931年にはレジオンドヌール勲章を受章しますが、翌年死去。
地階には「ナンシー派」のドーム兄弟による400点ものガラス工芸があり、アール・ヌーヴォーの世界を堪能できます。