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美術館訪問記 - 429 ピストイア市立美術館

(* 長野一隆氏メールより。写真画像クリックで原寸表示されます。)

添付1:ベルナルディーノ・デッティ作
「ペルゴラの聖母」

添付2:同上中心部拡大図

添付3:ペトルス・クリストゥス作
「修道士の肖像」 
メトロポリタン美術館蔵

添付4:ピストイア市立美術館

添付5:1310年のマエストロ作
「聖母子と聖人達」

添付6:ロレンツォ・ディ・クレジ作
「聖会話」

添付7:ジェリーノ・ジェリー作
「聖会話」

添付8:チゴリ作
「聖カタリナの秘密の結婚」コピー

添付9:コッレッジョ作
「聖カタリナの秘密の結婚」
 ルーヴル美術館蔵

前回のような理性的に不可解な絵画ではありませんが、一見、不思議に思い 帰国後、調べて理解した複雑な絵がありました。

それが添付1の通称「ペルゴラの聖母」。イタリア、ピストイアの郊外にある ペルゴラの聖ヤコポ病院内礼拝堂の祭壇画だったことからの名称です。

実にユニークで複雑な絵で、聖母は母親というより祖母のようであり、 幼子キリストの腕には蝿が1匹とまっている。

聖母子の直ぐ後ろには現代からタイムスリップしたような女性が1人、 他の登場人物とは全く異なる形で存在している。 背景に小さく描かれた人物群も何やらいわくありげ。

こんな謎めいて面白い絵は観たことがありませんでした。

1523年作で、描いた画家の名はベルナルディーノ・デッティ。 ピストイア出身で確実な現存作品はこの絵のみ。

一番不思議だった中心にいる現代風の女性は、実は当時の上流階級子女の正装で この、亡くなったと考えられる、少女の魂の救済を願った祭壇画なのだとか。

彼女の持っている傷みやすい果物の籠は、この時代によく描かれるヴァニタス、 つまり生あるものは必ず滅びるという象徴。

ナイフを左手に持った聖人は、皮剥ぎの刑で殉教した聖バルトロメオ。 ミケランジェロの「最後の審判」で彼の自画像と言われる人皮だけの人物が この聖バルトロメオで、この絵の子供の守護神と考えられます。

右側に立つ人物はピストイアの町の守護聖人、聖ヤコポ。

上段に小さく描かれているのは赤ん坊の帰属を巡って争った二人の女性の裁判で、 その子を切り分けろという裁定で、身を引いた女性が真の母親とした ソロモンの裁判。これは最後の審判を想起させるものとして描かれたという。

聖母が祖母のような年齢で描かれているのは、老人として描かれることの多い 夫ヨセフに似合いの妻とあれば、マリアも相応の齢であるはずだという ベルナルディーノ・デッティ独自の解釈によるもの。

幼子キリストの腕にとまる蝿は、この頃、画家の技量を誇示するため 細密な表現力を要する蝿を描き加えることが多かったことによります。

参考としてイタリアに油彩画技術を伝えたとされるフランドルの画家 ペトルス・クリストゥスが同様に蝿を描いた絵を添付しておきます。

「ペルゴラの聖母」があるのは「ピストイア市立美術館」。 ピストイアはフィレンツェの北西35㎞程の場所にある古都です。

13世紀から現在までの絵画と彫刻を、 地方都市としては相当数の作品を展示する美術館です。

1310年のマエストロ作(つまり画家名は不明ということ)の「聖母子と聖人達」の 色彩のコントラストと何れも少し斜に構えた眼差しが面白い。

ロレンツォ・ディ・クレジやリドルフォ・ギルランダイオ等の 著名なフィレンツェ出身の画家に混じって、 ピストイア出身の画家達も気をはいています。

明きらかにペルジーノの強い影響を受けている、ジェリーノ・ジェリーニや ジョヴァンニ・バッティスタ・ピストイエーゼ。

それより少し前のベルナルディーノ・デル・シニョラッチョ、フラ・パオリーノ、 ジョヴァン・バッティスタ・ヴォルポーニ等。

ルーヴルで観たコッレッジョの「聖カタリナの秘密の結婚」がここにもあったので 少し驚きましたが、作者名を見るとトスカーナのチゴリ町出身のチゴリが 原作を複写したものでした。

流石の腕前で、2作を比較せずにコピーと見破れる人は滅多にいないでしょう。