美術館訪問記 -387 ヴァルラフ=リヒャルツ美術館

(* 長野一隆氏メールより。写真画像クリックで原寸表示されます。)

添付1:パリス・ボルドン作
「バテシバの水浴」

添付2:ティツィアーノ作
「聖愛と俗愛」
ローマ、ボルゲーゼ美術館蔵

添付3:ヴァルラフ=リヒャルツ美術館

添付4:シュテファン・ロッホナー作
「薔薇園の聖母」

添付5:クラーナハ作
「マグダラのマリア」

添付6:レンブラント作
「笑う自画像」1663年頃

添付7:フリードリヒ作
「雪中の樫の木」

添付8:ゴーギャン作
「ブルターニュの少年」

添付9:ゴッホ作
「跳ね橋」

添付10:ヴァルラフ=リヒャルツ美術館内部

前回添付したパリス・ボルドンは何回か名前は出しましたが、 まだ説明していませんでした。

ボルドーネと綴られることもあるボルドンは、 1500年にヴェネツィア近郊の町トレヴィーゾに生まれ、 幼年期にヴェネツィアに移り、ティツィアーノの下で修業します。

ボルドンについてはヴァザーリの芸術家列伝しか記述がないようなのですが、 それによると、ボルドンが急速に腕を上げ、ティツィアーノそっくりに 描けるようになったので、ティツィアーノは気味悪がり、 2年ほどで彼を追い出したのだとか。

何やらラファエロとミケランジェロの関係に似ていますが、 ボルドンの画才がそれだけ高かったということでしょう。

そういう因縁もあってか、ボルドンはティツィアーノの兄弟子だった ジョルジョーネの画風に学び、18歳になるかならずで独立した親方になっています。

ヴェネツィアで声望を高めた彼はフランソワ1世に招かれ38歳でフランスへ行き、 宮廷で多いに腕を振るい、帰国時にはドイツのアウグスブルクの宮廷にも立ち寄り、 活躍したようですが、詳細はわかりません。

その後記録があるのは、60歳でヴェネツイアに工房を持っており、 郷里のトレヴィーゾからのかなりの注文をこなし、70歳で没したという事です。

パリス・ボルドンを初認識したのは「バテシバの水浴」です。

これは聖書にある話で、ダビデ王がある日、部下ウリヤの妻バテシバが 水浴している所を見てその美しさに横恋慕し、バテシバに子供を孕ませてしまう。 一方戦場にいる指揮官に指示してウリヤを激戦地に送り込み、戦死させるのです。

その後ダビデはバテシバと結婚し、最初に生まれた不倫の子は主の裁きによって 死にますが、その後、王妃バテシバが産んだ子はソロモンとなって、 知恵あふれる伝説的な王として君臨し、イスラエルの礎を築くのです。

前回の「噴水の傍のバテシバ」もこの「バテシバの水浴」も、背景にある建物の 2階からダビデ王が覗き見しているバテシバの水浴場面を描いています。

どちらの絵もそれと知って注意深く探さなければ判らないほど、 ダビデは小さく描かれていますし、この絵では消失点付近に戦場に向かう 騎馬姿のウリヤが小さく描かれてもいます。

私が驚いたのはティツィアーノの「聖愛と俗愛」を初見した時と同様、 女性たちの肌の輝きとその絶妙な色彩でした。

前景の3人の女性たちの動的な描写、中景を大きく占める神殿、小さな後景の山岳、 色の濃淡と透視図法の二重使用による巧みな遠近法、右端石柱下部にある署名 “PARIDIS・BORDONC”と様々な面で興味を惹かれたのです。

以後ボルドンは私にとって注目画家の一人となり、彼の作品のある 世界70ヶ所のほぼ全てを巡る事になりました。

この「バテシバの水浴」があるのはドイツ、ケルンにある 「ヴァルラフ=リヒャルツ美術館」。

小さな広場に面した4階建ての近代的ビルディングで、2階から展示が始まり、 上の階に上がるにつれ年代が新しくなる展示。地下室は企画展専用。

中世から近代まで質量共に幅広くカバーしている総合美術館。

ここも名品揃いですが、幾つか印象的な作品を挙げてみましょう。

先ずはケルン派を代表するシュテファン・ロッホナー作「薔薇園の聖母」。

ケルン派とは14世紀後半から 15世紀前半にかけてドイツのケルンを中心に 制作された絵画の総称です。 繊細優美な様式を特徴とし,画面には夢幻的雰囲気が漂っています。

ロッホナーのこの絵は、聖母マリアの処女性を象徴する、 満開の薔薇が咲く閉ざされた庭にゆったりと休む聖母子と、 ロッホナー特有の子供の姿をした天使たちが描かれ、洗練された装飾性があります。

ケルン派の優美さに触発されたかのようなクラーナハの「マグダラのマリア」。 彼にしては、けれんみのない優雅なマリアと澄んだ背景が心地よい。

生涯、油彩画では40点ほどの自画像を描き続けたレンブラントの「笑う自画像」。 この絵は2点しかない彼の左向きの自画像で 「ゼウクシスとしての自画像」とも称されます。

ゼウクシスとは本物そっくりの絵を描くことができた、 古代ギリシャの伝説的な画家で、老女を描いた最後の作品を手がけていた時に、 突然激しく笑い出し窒息死したとの逸話が残されており、 画面左端に老婆が描かれていることから、こう推測されているのです。

レンブラントは本作でゼウクシスに自身を重ね、破産し、全ての収集品や自宅を 売り払い、貧民街で暮らさざるを得なくなった自分と、つれない世間を笑い飛ばし、 なおかつ伝説の画家にも伍せるという自負をにじませているのでしょう。

フリードリヒの「雪中の樫の木」やゴーギャンの「ブルターニュの少年」、 ゴッホの「跳ね橋」など。

この他にもデューラー、ティツィアーノ、ティントレット、ムリーリョや ルーベンス、ティエポロ、ブーシェ、セザンヌ、ボナールなど名前を挙げだすと きりがないのでした。