美術館訪問記-380 キール美術館

(* 長野一隆氏メールより。写真画像クリックで原寸表示されます。)

添付1:キール美術館正面

添付2:古典彫刻部門

添付3:エルンスト・バルラハ作
「再会」

添付4:エルンスト・バルラハ作
「再会」頭部拡大図

添付5:ノルデ作
「荒れ狂う海」

添付6:ノルデ作
「踊り狂う子供たち」

添付7:アレクサンダー・カーノルト作
「本のある静物」

添付8:イワン・クラムスコイ作「忘れえぬ女」

シュレースヴィヒから南東に60㎞足らずの所に、バルト海に面したドイツの 北欧への玄関口となる港町、キールがあり、ここに「キール美術館」があります。

1909年に開館したこの美術館は威風堂々としたネオ・バロック形式の3階建て。 ライム・ストーン造りのファサードが風格を見せていますが、 自然光を多く取り入れるために、入り口部分を2012年に増改築しています。

入るとまず古代ギリシャ・ローマ時代の彫刻や石膏像が並んでいます。 これらは創設時にクリスティアン・アルブレヒト大学が寄贈し、 その後も維持、監修しているもの。

2階に上がると、前回触れたエルンスト・バルラハの彫刻、「再会」がありました。 使徒トマスが復活後のキリストに会い、胸の傷に手を入れて確かめるまで 本当にキリストが復活したことを信じなかったという説話に基づいています。

バルラハの彫刻では、身体や衣装はほとんど簡潔で滑らかな量塊として存在し、 顔と手に対象の内面を表現する力を集中させているように思えます。

特にこの「再会」の両者の表情は、ヨーロッパでよく観られるロマネスクの 素朴な聖像群に似通う、救済を求める魂の声を具現化しているかのようです

背後の壁にはノルデの「荒れ狂う海」がかかっていました。 1948年作でナチスの束縛から解放され、荒れる海の描写ながら、 81歳になり老境に入ったノルデの穏やかな心境が反映されている気がしました。

ノルデの「踊り狂う子供たち」が隣にかかっていました。 こちらは1909年作で、42歳ながら画家としてはまだ10年余りの経験しかない 彼の、色彩とタッチで静と動を表現しようとする実験的試みを感じます。

第374回で触れたアレクサンダー・カーノルトの「本のある静物」もありました。

他にはブリュッケ・メンバーの作品数点が観られたのみで、 私には興味の持てない現代作家の特別展に多くのスペースが割かれていました。

事前の調べではカール・シュピッツヴェークやマックス・スレーフォークト、 ロヴィス・コリント、フォイエルバッハなどのドイツ人画家たちの作品を 所有しているはずなのですが、全く見当たりません。

受付で聞くと、これらは全て特別展のため軒並みお蔵入りなのでした。

ブックショップに美術館本はなく、置いてあった絵葉書を探していると 中に1点イワン・クラムスコイの「忘れえぬ女(ひと)」があるではないですか。

シャガールのように外国で活躍した画家は別として、純粋なロシア人の手になる 絵としては、世界的に最も有名な絵と言ってもよいでしょう。

原題は「見知らぬ女性」ですが、この絵が日本に来た時、誰かが「忘れえぬ女」と 名付けて展示したのでしょう。文学的で、日本人好みの命名です。 今や日本ではすっかり「忘れえぬ女」が定着しています。

洋画のタイトルなども、例えば「第三種接近遭遇」を「未知との遭遇」とした様に 原題とはかなり異なる名前を付け、そのおかげもあって大ヒットにつながった ケースもあるようで、このあたりは、繊細な日本人の美意識を感じます。

モスクワのトレチャコフ美術館の所有物なので、ここにも企画展で来たのかと思い、 受付で確認してみると、この美術館の所有物で、同じくお蔵入りと言います。

遠路はるばる訪れた美術館で、興味の持てない特別展のために、 観たい所蔵品が観られないことほど落胆することはありません。

帰国して調べてみると2つの絵は、制作年(1883年)、構図も完全に同じです。 サイズはこちらの方が77 x 100cm、トレチャコフ美術館の方が75.5 x 99cmと やや大きい。こちらの方が先に描かれたのだとか。

「忘れえぬ女」が2点あるなどとは、それまで全く知りませんでした。

受付では小生が観たかった作品がほとんど観られなかった事に同情してか 絵葉書料金は受け取らなかったのでした。