美術館訪問記-376 チロル州立博物館

(* 長野一隆氏メールより。写真画像クリックで原寸表示されます。)

添付1:チロル州立博物館正面

添付2:チロル州立博物館内部

添付3:クリムト作
「ヨーゼフ・ペンバウアーの肖像」

添付4:エゴン・シーレ作
「クルーマウの川面に写るヨドクス教会」

添付5:レンブラント作
「毛皮の帽子を被った老人」

添付6:アンゲリカ・カウフマン作
「民族衣装の自画像」

添付7:アンゲリカ・カウフマン作
「ゲーテの肖像」 1787年
ゲーテ国立博物館蔵

添付8:ヨーゼフ・アントン・コッホ作
「マクベスと魔女たち」

添付9:アルビン・エッガー=リエンツ作
「キリストの復活」

インスブルックの街の中心にあるマリア・テレジア通りを北に突き当たって 右に曲がった通りがムゼウム(英語ではミュージアム)通りで、 その名どおり、通りに面して「チロル州立博物館」が鎮座しています。

博物館は1823年に創設されましたが、現在のネオ・ルネサンス様式の建物は 1845年に基本部分が完成。その後いくつかの増改築を経て 2003年に内外共に総改修して現在に至っています。

荘厳な3階建ての建物内は、チロルの古代ローマ時代を含む遺物、 石器時代から現代までの3万年にわたる考古学的発掘品、楽器のコレクション、 古典絵画、現代絵画を展示する部門に分かれています。

私の関心は絵画部門にしかないのですが、特にここへ来た目的は、 イスラエルを除いて、世界30か所に展示されているクリムトの29ヶ所目の作品と、 世界113ヶ所に展示されているレンブラントの、最後に残った113ヶ所目の作品を 観る事にありました。

美術館を訪館する度に、私の関心のある1000人余りの画家の作品が幾つ 展示されていたかを記録し、特にその内50人余りの画家は、その画家毎に どの美術館に所蔵されているか、いつ訪館したかを記録しているのです。

それらの画家の作品は、公開されているものは、世界中どこにあろうと、 全て観て死にたいと思っているのですが、未見の作品はごく少なくなって来ました。

ここにあるクリムトの作品は「ヨーゼフ・ペンバウアーの肖像」。 1890年作ですからクリムト28歳の頃で、この頃彼は富裕なブルジョワ階級の 肖像画を、写実的に写真のようなスタイルで描いていました。

この肖像画で特異なのは額縁で、ギリシャ神話の主題が装飾的に 描かれているのですが、下部にある二人の子供の顔と魚はまるで落書きのよう。 真面目に描いてある肖像画とは釣り合いがとれませんが、 発注者は苦情を呈しなかったのでしょうか。

あるいはモデルの子供たちをおまけのつもりで即興的に描いたのか。

いずれにしろ、その後も幾つかの同様の肖像画を残していますから、 特にクレームにはならなかったのでしょう。

クリムトの弟子のエゴン・シーレが18歳時に描いた珍しい風景画 「クルーマウの川面に写るヨドクス教会」もありました。

レンブラントの作品は「毛皮の帽子を被った老人」。1630年作とありましたから 彼が24歳の時で、同年父親が亡くなり、生まれ故郷のライデンから、 翌年画家として一旗揚げるべくアムステルダムへ出て行く前です。

彼の練達の画業を見慣れている目には、 何となく筆さばきに若さゆえの生硬さを感じるのは否めません。 モデルの老人のやや緊張した顔立ちがそう思わせるのかもしれませんが。

特筆すべきはアンゲリカ・カウフマンの「民族衣装の自画像」。 彼女が40歳時の作ですが、傑作と言ってよいでしょう。

カウフマンは1741年、貧しい画家の子としてスイスで生まれますが、 育ったのは一家の故郷のオーストリア。

彼女は幼い頃から類稀な画才を発揮し、 12歳で聖職者や貴族の肖像画を望まれて描くほどでした。

翌年から父親と同伴でイタリアを旅し、その画才と英仏独伊語を自由に操る知性と 玄人はだしの歌唱力、典雅な身のこなしで「世界中が彼女に恋している」と 言われたほど熱狂的な人気を得るまでになるのです。

10年ほどイタリアに滞在後帰国し、1766年からはロンドンで歓迎され、 ジョシュア・レイノルズと親交を結び、彼と共にイギリス王立美術協会の 創立者の一人になります。王侯貴族の肖像画を描きながら15年間滞在しています。

英国在住中のヴェネツイアの画家と結婚して1782年から亡くなる1807年まで 主にローマに住み、この間、イタリア紀行中のゲーテとも親しく交際しています。

他にはアルベルト・カイプの教会室内画、ヨーゼフ・アントン・コッホ (1768-1839) というオーストリア出身の新古典主義では最有力な風景画家の作品4点、 アルビン・エッガー=リエンツ(1868-1926)という チロル地方で活躍した画家の作品も2点ありました。

コッホの「マクベスと魔女たち」は、シェークスピアが書いた「マクベス」の 冒頭、マクベスが荒野で3人の魔女に出会う場面です。魔女たちは 将軍マクベスに対し「万歳、コーダーの領主」、「万歳、いずれ王になるお方」 と呼びかけ、マクベスに野心の芽を植え付け、その後の悲劇の伏線となるのです。