美術館訪問記-375 チロル・パノラマ館

(* 長野一隆氏メールより。写真画像クリックで原寸表示されます。)

添付1:インスブルック市街

添付2:「Superdry極度乾燥(しなさい)」の看板

添付3:チロル・パノラマ館(右側の平屋、左側の白い建物はチロル義勇兵博物館)

添付4:チロル・パノラマ館内部

添付5:ツェノ・ディーマー作
「Riesenrundgemalde」部分図

添付6:ツェノ・ディーマー作
「Riesenrundgemalde」部分図

添付7:ツェノ・ディーマー作
「Riesenrundgemalde」部分図

添付8:ツェノ・ディーマー作
「Riesenrundgemalde」部分図

添付9:パノラマ館前広場からの眺め

ムルナウから50kmも南へ行くと、オーストリアのインスブルックがあるので、 この際カバーしておきましょう。

EUになってから国境線を示すものは何もなくなり、車で移動していると 何時国境を越えたのかまるで気が付きません。特にドイツとオーストリアは 公用語が同じドイツ語なので、通り名や看板も変わらず、区別がつきません。

唯一目安になるのは、ガソリンスタンドに表示されているガソリン価格。 ドイツの高速道路は全て無料ですが、その分周辺諸国よりもガソリン価格は高い。 オーストリアの高速道路は有料ですが、ガソリン価格は相対的に安い。 道路網の整備にかかる財源をどこに求めるかの国策の違いです。

インスブルックは市街地のすぐ背後にアルプスの高峰が迫り、 人工物に囲まれて都会に暮らす身には、大自然を常に身近に認識しながら生きる 生活が新鮮なものに感じられ、ときめきのような思いを抱きました。

街の中心になるマリア・テレジア通りにあるSuperdryという名の店の看板の上に 「極度乾燥(しなさい)」と日本語で張り付けてありました。 ドイツ、オーストリアの旅の間、何度か目にすることになりました。

帰国して調べてみると、何とこの会社はイギリスのファッションブランドで 創業者が日本に来てビールの名前にヒントを得て「Superdry極度乾燥(しなさい)」 というブランド名で売り出したところ、ジャパンクールで欧州の若者の心を掴んで 急成長。今や欧州の至る所に出店し、日本にも逆上陸しているのだとか。 もっともこんなことは日本でも大部分の人には常識なのかもしれませんが。

インスブルックの南にベアギーゼルという標高746mの小高い丘があり、 この丘の上に「チロル・パノラマ館」という平屋ながら地下にも広い展示場がある 博物館があります。

ここの名物はRiesenrundgemalde(巨大な円形絵画)と名付けられた巨大絵画。

その名の通り、総面積1000㎡、360度の巨大パノラマ絵画です。 1896年ミュンヘンの画家ツェノ・ディーマー作。

日本では似たような施設がないので、想像し難いかもしれませんが、 巨大な円形の壁全部に絵画を描き、観客は円の中心にある小円形の部屋から、 その部屋の周囲を巡りながら、鑑賞するというものです。

19世紀末、日本も含め世界的に流行した見世物で、程なくすたれましたが、 欧米ではいまだに人気があり、各地に同様な施設が点在しています。

美術作品として鑑賞するには些か抵抗があるので、これまで採り上げては 来なかったのですが、一度は紹介しておきましょう。

入館すると、地下階へ降り、そこから狭い階段を上がって、円の中心になる 小部屋に出ます。目の前に広がるのは、地元の英雄アンドレアス・ホーファーが 率いる農民解放軍がフランスとバイエルンの連合軍に勝利した戦いの光景。

1805年、チロルはナポレオン1世と講和したバイエルン軍に統治されることとなり、 これを不服とするチロルの人々が1809年に蜂起し、フランス・バイエルン連合軍を 相手に戦い、このベアギーゼルの丘での戦いで連合軍を打ち破ったのでした。

この施設では、円形になった壁と観客のいる円形の部屋との間には かなりのスペースがあり、そこに木材や大砲、瓦礫、壊れた木柵などの実物を配し、 壁の絵と実景を上手く繋げて、あたかも実際の戦闘場面を見るかのように 錯覚させる効果を出しています。

パノラマ館はインスブルック旧市街近くに1896年開館したのですが、 記念すべきこの丘にチロルの歴史博物館とチロル義勇兵博物館を建設する時の 目玉として、移設。2011年新たに開館したのです。

建物の地下は広い展示室になっていて、チロルで昔から使用されて来た農具や 生活用品、宗教画、彫刻、チロルの動物の剥製などがありました。

また隣のチロル義勇兵博物館へはここの地下から入館するようになっていました。

パノラマ館前の広場はインスブルック市街とアルプスの山並みを見渡せる 展望台となっています。