美術館訪問記-366 フラーリ聖堂

(* 長野一隆氏メールより。写真画像クリックで原寸表示されます。)

添付1:フラーリ聖堂外観

添付2:フラーリ聖堂内部

添付3:フラーリ聖堂主祭壇

添付4:ティッツィアーノ作
「聖母被昇天」

添付5:ティツィアーノ記念碑

添付6:アントニオ・カノーヴァ記念碑

添付7:ティッツィアーノ作
「聖会話とペーザロ家の寄進者たち」

添付8:ジョヴァンニ・ベッリーニ作
「フラーリ祭壇画」

「聖母被昇天」と言えば、真っ先に思い浮かぶのはヴェネツィアにある 「フラーリ聖堂」です。

正式名称はサンタ・マリア・グロリオーザ・デイ・フラーリ聖堂。

ヴェネツィアの中心、サン・ポーロ地区の心臓部カンポ・デイ・フラーリに建つ 聖母被昇天に献堂された聖堂です。

キリスト教徒ではない大多数の日本人には馴染みが薄いですが、 教会にはこのように聖人の行為に対して献堂されているものが数多くあります。

第96回で採り上げた訪問チャペル美術館も、元は、受胎告知を受けた 聖母マリアが、洗礼者ヨハネを身籠っている親戚のエリザベトを「訪問」した 行為に献堂された教会でした。

フラーリ聖堂はヴェネツィアには珍しいレンガ造りで、1420年ごろ完成した フランシスコ派のゴシック聖堂です。

12本の円柱に支えられた堂々たる教会内部は、ラテン十字型の三廊式。 側廊には7つの礼拝堂があり、身廊の中央部にはヴェネツィアにある 教会中唯一、内陣仕切りがあります。

奥には主祭壇にティツィアーノ最大の傑作といわれる「聖母被昇天」があるのです。

2人の使徒たちと聖母の衣装の赤によって作られた三角形は上へ上へと 向かって行き、一方、天から降り注ぐ光は生命、愛、喜びを表しています。

668 x 344cmのこの作品はヴェネツィア現存の最大の祭壇画です。

ティツィアーノ・ヴェチェッリオは、ラファエロやミケランジェロ同様、 ファースト・ネームだけで通用する、盛期ルネサンス期に最も活躍した ヴェネツィア派の巨匠です。

1485年頃ヴェネツィア北方、オーストリア国境に近いピエーヴェ・ディ・カドーレ の生まれで、ヴェネツィア派の確立者ジョヴァンニ・ベッリーニの工房に学びます。

そこで兄弟子であった、ヴェネツィア派の巨匠で盛期ルネサンス様式の創始者、 ジョルジョーネと出会い、多大な影響を受けます。

ジョルジョーネが32歳で夭折すると、ティツィアーノはジョルジョーネの 残された未完作品を完成させています。

1516年からヴェネツィア共和国の公認画家となり、この「聖母被昇天」を手がける のです。非凡な色彩感覚に彩られたこの絵画は、それまでのイタリアには稀な 大規模作品で、大評判となり、一躍彼の名声を確立することとなりました。

そしてフェラーラ、マントヴァ、ウルビーノなどの宮廷とも関係を築き、 1530年以降はスペイン国王であり神聖ローマ帝国皇帝のカール5世から愛願を受け、 カール5世の息子フェリペ2世からも絶大な信頼を得ています。

その他にも教皇パウルス3世からの依頼を受けるなど、王侯貴族を友とし、 91年という、ルネサンスに活躍した画家の中でも最も長い生涯を送った ティツィアーノの画業は、ヴェネツィア派最大の巨匠と呼ばれるに相応しい、 華々しいものでした。

また、ティツィアーノの作風は生涯にわたり変化し続け、 ヴェネツィア派最大の特徴である色彩の魅力を存分に発揮し、 その鮮やかに彩色された色彩は「色彩の錬金術」とまで呼ばれています。

奔放な筆使いと繊細で多様な色使い、壮大な構図、劇的な表現、動的な群像は、 それまでの西洋絵画に前例のない革新的なもので、 絵画史の流れを変えたといわれます。

この絵でも、鮮やかな色彩、画面を三段に分けた壮大な構図、聖母マリアの表情や 姿態、下段の信徒たちの流れるような動きなどの劇的な表現が顕著です。

彼はこの聖堂に葬られることを希望して、1576年ヴェネツイアで亡くなり、 自身の描いた「聖母被昇天」近くに埋葬されましたが、 墓碑ができるまでには1852年まで待たねばなりませんでした。

聖堂内右手入口から2番目に、大規模なティツィアーノのための記念碑が ヴェネツィア美術学校の教授だった彫刻家ピエトロ・ザンドメネーギにより 完成されたのです。月桂冠を被ったティツィアーノが中心に座し、 背後には彼の描いた「聖母被昇天」が刻まれています。

それと向き合うように、聖堂内左手2番目に生存中は世界一の彫刻家と称えられた アントニオ・カノーヴァの記念碑があります。

実はこれはカノーヴァが1794年にティツィアーノ用にデザインしたものなのですが、 当時は必要な資金が集まらず見送られていたもので、 1822年カノーヴァの死に際し、そのデザインをそのまま使用したものなのです。

左手4番目にはティツィアーノが7年かけた「聖会話とペーザロ家の寄進者たち」が 祭壇画として飾られています。

485 x 270cmの大作で、画面中央部に聖母子を配置するという従来の伝統的な 宗教画の構図ではなく、2本の巨大な円柱に支えられた玉座に座る聖母子が、 他の登場人物群たちから成るピラミッドの頂点に配置され、 それぞれのキリスト教的地位を建物の上下の位置で表すという、 画期的な構図、絶妙な色使い、さらには肖像画としての卓越的作品です。

聖具室にはジョヴァンニ・ベッリーニによる「フラーリ祭壇画」があります。 絶妙な色彩感覚による作品は、立体感に溢れています。

足元にそれぞれリュートとフルートを持った愛らしい2人の天使たちを従え、 幼子キリストを抱いた、聖母の限りなく慈愛に満ちたまなざしが印象的です。

ベッリーニの弟子であったティッツィアーノは、師匠のこの作品により フラーリ聖堂のことをよく知っていたので、親しみを持ち、主祭壇の「聖母被昇天」 の仕事を引き受けたのではないか、と言われています。

他にもアルヴィーゼ・ヴィヴァリーニやバルトロメオ・ヴィヴァリーニ、 パオロ・ヴェネツィアーノ、パルマ・イル・ジョーヴァネ、サッソフェッラート、 ドナテッロなどの作品があり、まるで美術館。