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美術館訪問記-337 オルヴィエート大聖堂

(* 長野一隆氏メールより。写真画像クリックで原寸表示されます。)

添付1:オルヴィエート大聖堂ファサード

添付2:オルヴィエート大聖堂ファサード上部

添付3:オルヴィエート大聖堂横面

添付4:オルヴィエート大聖堂ファサード浅浮彫彫刻

添付5:オルヴィエート大聖堂ファサード、エミリオ・グレコ作ブロンズ扉

添付6:オルヴィエート大聖堂内部

添付7:ルカ・シニョレッリ作
「地獄」

添付8:ルカ・シニョレッリ作
「神によって選ばれた者たち」

添付9:ルカ・シニョレッリ作
「偽キリストの説教」

添付10:上図左下隅拡大図:「自画像とフラ・アンジェリコ」

ルカ・シニョレッリの最高傑作があるのは、イタリア、オルヴィエートの 「オルヴィエート大聖堂」。

オルヴィエートはコルトーナ同様エトルリア人の築いた古都で コルトーナとローマの中間の丘の上にあります。

大聖堂は壮大でイタリア・ゴシック建築の最高峰と言われます。 美しいばかりではなく、こんなにも芸術的に味わい深いファサードのある 大聖堂が他にあるでしょうか。

1290年に建築が始まり、ファサードは16世紀に完成しています。 建設には延べ33人の建築家、152人の彫刻家、68人の画家、 90人のモザイク師がかかわったといいます。

イタリア、シエナ出身の建築家・彫刻家のロレンツォ・マイターニが 1310年から1330年まで指揮を執り特にファサードと端装飾の部分を手掛けました。

彼はファサードを3枚続きの絵画と考えデザインしたという事で、 実際、モザイクと彫刻で構成されたファサード上部は多翼祭壇画の趣があります。

ファサード全面が浅浮彫の彫刻とモザイクで覆われ、 4本の大きな柱と3枚のブロンズ扉とで構成されています。

中央のブロンズ扉は20世紀を代表するイタリア人彫刻家、 エミリオ・グレコの手になるもの。1961年から1964年にかけ制作。

荘厳なる堂内は3廊式で青と白の縞模様の円柱で仕切られています。 壁も同じ縞模様。

右翼廊奥にある15世紀前半に造られたサン・ブリーツィオ礼拝堂に 目当てのルカ・シニョレッリの畢生の名作があります。

「世界の終末」をテーマに描かれたフレスコ画群は、ルネサンス美術史上でも もっとも重要な壁画の一つと言われます。

ミケランジェロの弟子だったヴァザーリは、ミケランジェロはシニョレッリの 仕事をいつも賞賛していて、ミケランジェロ自身の代表作システィーナ礼拝堂の 「最後の審判」は、この「世界の終末」のシニョレッリの表現に インスピレーションを得たと書いています。

実際二人の大画家の作品は、裸体表現の生々しさ、彫刻的な力強さに共通性が 感じられます。シニョレッリの壁画は1499年から1503年にかけて描かれ、 ミケランジェロの「最後の審判」は1535年から1541年にかけて完成されました。

礼拝堂の壁、天井一面に色鮮やかに描かれたフレスコ画が乱舞する部屋の中央に 立てば、迫り来る美しさに圧倒されます。

一連の作品の中でも特に有名なのが、入って右壁にある 「地獄(罪されし者を地獄へ追いやる天使)」です。

シニョレッリの裸体表現の彫刻的な力強さ、独特の色彩、力強い筆のタッチが 制作の基となったダンテの「新曲」地獄編をみごとに表現しています。

私もこの絵以外には見たことのない図像が「偽キリストの説教」。

師のピエロ・デッラ・フランチェスカ譲りの理知的で遠近法に則った構図の絵の 中央、台座の上に立って説教しているのは、実は偽のキリスト。 後ろで耳打ちする悪魔に操られているのが見えます。

悪魔の教えなので、人々の心はすさみ、左前では殺人を行う人がいたり、 その右横では老人から金を受け取る娼婦がいたりと、荒廃した世界です。

この頃フィレンツェではサヴォナローラが神権政治を行ってメディチ家から実権を 奪い、その後には教皇から破門されて処刑されるという事件が起きていました。

ルカ・シニョレッリは、メディチ家のロレンツォ豪華王の保護を受けており、 制作直前に起きたサヴォナローラの事件を念頭に置き、 偽キリストにその姿を投影して描いたと考えられています。

この礼拝堂の壁画は1447年フラ・アンジェリコが手掛けたのですがが、 ヴォールト(穹窿)2つを描いたところで教皇に呼ばれてローマに行ってしまい、 50年以上中断されていたのです。

その後を引き継いだのがルカ・シニョレッリ。 その証のためか、絵の一番左端にルカ、その隣にフラ・アンジェリコの姿が 黒服で描かれています。